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世の中には二つの人間がいる。成功した者と失敗した者。
では、その基準は何なのか。金持ちだから成功者なのか。貧乏だから失敗者なのか。
金持ちでも、幸せを感じていない人は大勢いる。貧乏でも幸せを感じている人も大勢いる。その基準を歩きながら健人は考えていた。
今健人が歩いている場所は、左右に大きな樹木が並び、その左右の樹木が健人の頭上で重なり合い、緑のトンネルのようになっている。
冬になるとこの樹木に電飾が施され、イルミネーションのスポットとして大勢の人で賑わっている。
すると、横から声がして健人は考えるのを辞めさせられた。
「また何か考え事?私いるんだけど。」
声の主は萌花で健人の背中を叩いて続けた。
「今始まったことではないけど、いい加減にしてよね。何考えてるのか知らないけど、人と歩いているときは会話に集中しなさい」
健人は一人ではなく萌花と歩いていた。萌花は近隣通しで家族ぐるみで仲が良く、小さい時からお互い暇になるとどちらかの家に行き、遊んだりすることが多かった。
健人はよく物思いに更けることが多く、人といる時でも自分の世界に入ってしまうことがある。
「俺の人生って萌花から見たら成功してると思う?」
「何、急にその質問。成功も何も私達まだ高校生だよ。これから成功するか失敗するかでしょ」
萌花は当たり前という風な顔をして更に続けた。
「健人って常にそんなこと考えてるけど疲れない?私なんか楽しいことばかり考えてるから、そういう哲学的なこと考えると、きっと頭の中ショートする。」
「俺は楽しかったことがあまり記憶にないから考えられないんだ。そういう意味では萌花は成功者で俺は失敗者なのかもしれない」
萌花は苦笑いすると相変わらずネガティブだねと言うと、並木通りの終わりに先に着いた方が勝ちで負けたらジュースねと言って走っていってしまった。健人は待ってよと言って走り出すのであった。
萌花は家に戻るとただいまと言ってすぐに二階の部屋にいってしまう。いつものことだか、一階から母が手くらい洗いなさい。年頃の女の子なんだからしっかりしなさいよと言っている。
こういう時は都合のよいことに、健人みたく年頃の女の子だからって、しっかりしなければいけない理由は何なのだろうと考えてしまう。それ以前に誰でもしっかりしなければいけないが。
その時スマホのバイブが鳴っていることに気づいた萌花は急いでバッグの中からスマホを取り出し着信相手の表示を見た。萌花は少し驚くと電話に出た。
「健人から電話してくるなんて珍しいね。何かあった?」
「俺から電話したらまずいのかな。俺のことではないけど、理沙が萌花に今週の土曜日にファンタジーランドに一緒に行かないかって言ってて、チケットをもらったらしい」
理沙は健人の妹で萌花と姉妹のように仲が良く、休日になるとよく二人で遊びに行っている。
理沙は中学生で、よくある話だが兄の健人には冷たく、休日に一緒に遠出した記憶は数えるほどしかない。
理沙曰く兄の健人は何を考えているかよく分からないから気味が悪いらしい。
それでも家の中ではよく話をしているところをみると少し恥ずかしいだけとも言えないでもないが。
そして、その理沙が萌花と行きたがっているファンタジーランドとは隣町にあるテーマパークで、毎週の土日には入場待ちの列ができるほどの賑わいをみせている。
萌花はやったと言ってガッツポーズをするも、少し考えて、健人も誘ってみることにした。
「良いけど、健人もたまには理沙ちゃんと二人で行ったら。その凝り固まった頭をほぐす良いチャンスだよ。それにいつも理沙ちゃんと私ばかりで悪いし」
「理沙は萌花のことが好きで、二人が良いんだから俺なんかが行ったら、理沙に邪魔物扱いされるだけだよ」
萌花はため息をつくと、心の中でこのネガティブ野郎と毒づいた。
その後、結局健人は土曜日にファンタジーランドに行くことになった。電話の後、理沙に萌花が行くようだというと、理沙はその足で萌花の家に行き、チケットを渡しに行ったのだか、そこでチケットが三枚あることが分かったのである。
そこで萌花が再び健人に誘いをかけ、半ば強引に行くことになった。二人でどういう話があったのかは分からないが、理沙がよく承諾したものである。
帰って来た理沙は土曜日の天気予報が悪いと知ると、てるてる坊主を作り、健人が中学生にもなって何やってんだと言うと、兄ちゃんには分からないよとそっぽを向いてしまった。
健人はそのてるてる坊主を逆さまにして雨を願おうとしたが、理沙を余計に怒らすだけだと自分を戒めた。
土曜日当日、その日は予報通り雲行きが怪しく、今にも雨が降ってきそうな空で、冷たい風が頬を刺激していた。
健人は昨日に荷物をまとめておいたリュックを背負い玄関に向かった。その玄関にはすでに、支度を終えた理沙が待っていた。
「兄ちゃんとしては珍しく時間通りだね。さては楽しみにしてたな」
「逆に憂鬱で寝れなかったんだよ。テーマパークなんて何年ぶりだろ」
「そんなことだから彼女の一人もできないんだよ。きれいな女の子がそばにいるのにね」
「どこにいるんだよ」
健人は靴を履きながら呟くと、居間の両親に聞こえるように行ってくるよと言うと外に出た。
「あれ、珍しく早いね。時間通り。」
萌花はすでに玄関外で待っていた。
「萌花まで言うなよ。理沙と同じこと言ってる」
三人は軽く挨拶を交わすと、徒歩五分程にあるバス停へと向かった。
健人の家からファンタジーランドまではバスで四十分かかる。正直電車の方が早いが、健人の家から最寄りの駅まで徒歩十分以上はかかるので、バスで行くことになったのである。
萌花と理沙は二人で何度か行っていたようだが、その時は健人の母親が送っていったのだか、今日は都合が悪いらしく「バスか電車でいきなさい」ということであった。
三人は理沙の学校のことを話ながらバス停までの五分間を歩いた。
理沙は萌花の恋愛話を聞きたがったが、萌花が真剣に嫌がったので話題は自然と理沙の学校のことになったのである。
「健人珍しく話してるね。私と二人だと二、三分で飽きちゃって、上の空なのに」
萌花は健人の様子を本当に珍しく思い健人に言うと「理沙がいるからね」と歩くペースを早め、二人から少し距離を置いた。
すると、理沙は「兄ちゃん恥ずかしがってる」と健人を追いかけ背中を小突いた。
そんな二人をみていた萌花は微笑み「なんだ、仲良いじゃん」と呟いた。
目の前にバス停が見えてきた時、萌花は「何か泣きそう」と目を潤ませていた。
理沙と健人は驚き、お互いに顔を見合わせた。
「どうしたの?何か悩みがあったら聞くよ。兄ちゃんはあまりあてにならないけど、聞くくらいだったらいつでも出来るから」
理沙はハンカチを差し出しながら、萌花に言った。
「萌花は昔から、急に泣き出したり怒り出したりするからな。いまさら驚かないけど、今回はこのタイミングか。全く理由が分からないよ」
と肩をすくめるのであった。
そんな健人を見た理沙は「やっぱり兄ちゃんって最低」と虫を払うように健人を追い払う仕草をした。
「そうやって喧嘩してても、二人は仲良しだね。羨ましい」
萌花はそう言い再び微笑むと「ごめんね」と言って二人をバス停へと促した。
ここで、健人は上の空になるのであった。しかし、これはいつもと違い萌花のことを考えてのことだった。
三人を乗せたバスは、ファンタジーランドへ向けて走っている。といっても、ファンタジーランド専用バスではないため、他のバス停へも停まるのだが。
「健人や私の家って不便だよね。駅も遠いし、バスも来る間隔長いから、乗り遅れると三十分は待たないとならないしね」
健人は目を瞑っていた。まるで寝ているようだが、萌花の言葉に反応した。
「バス停が有るだけまだ良いかもしれない。母さんの実家なんてバス停まで車でも三十分以上かかるよ。車が無いと死活問題だね」
理沙は健人が起きていたことに驚いたようすで、それを分かっていた萌花を見て微笑んだ。
「萌ちゃんと兄ちゃんって、何だかんだお互いのこと分かり合ってるよね。良いカップルになると思うんだけどな」
理沙の真っ直ぐな言葉に、目を瞑っていた健人も思わず立ち上がり、萌花と「それは無い」と声を合わせてしまうのであった。
目が合ってしまった健人と萌花は、二人とも恥ずかしさに下を向いてしまい、健人に至っては急に勢いよく立ち上がってしまったことで、周りの人達の視線が余計に恥ずかしかった。
「理沙ちゃんはどうなの?彼氏いるんでしょ」
今度は萌花が爆弾を落とす番である。
するとまた、健人が敏感に反応する。
「彼氏いるのか。聞いてないぞ。まだ早くないか」
健人の父親のような言葉に、萌花は笑うと「理沙ちゃんは可愛いから」と言って理沙の頭を撫でた。
「萌ちゃんの冗談だよ。兄ちゃんいちいち反応し過ぎ」
萌花の一言は理沙へではなく、健人への爆弾であった。
健人は眉間にしわをよせ、本を取り出し読み始めた。もう話したくないという合図である。
「また読書。ちょっと冗談言ったくらいで拗ねないでよ。小学生じゃないんだから」
理沙は言うと健人の手から本を取り上げ、そっぽを向いた。
兄弟喧嘩が始まりそうな雰囲気に、萌花は自分の言った冗談が引き金となった責任感からか、仲裁しようとした。
「でも、二人は本当に仲良しだね。私は一人っ子だから二人が羨ましいよ」
萌花が必死に考えて絞り出した言葉だが、火に油を注いだようで、理沙は更に文句を言った。
「イケメンで面白かったら良いんだけどね。こんなねくらでどこにでもいそうな顔立ちだもん」
理沙の嫌みにも健人は反応せず、車窓の外を眺めていた。
この険悪なムードも着いたら少しは良くなるだろうと萌花も諦め、健人と同様に外を眺めるのであった。