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青春の後悔  作者: イトユウ
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駒井運送金銭横領事件から始まった一連の事件は、全世界に衝撃を与えた。


日本では暴力団に対する取り締まりが強化されているが、ここまで数十年にわたり一般企業と暴力団、そして警察と関わりがあるという事実が発覚しなかったのである。


それには警察が絡んでいたのが一番の要因になるのだが、当時工藤の指示を受けて、知らずのうちに駒井運送に対する便宜を図っていた刑事は数人いることも判明した。


その刑事達は当然取り調べを受けたが「駒井運送に便宜を図っているという事実は知らなかった」との一点張りであった。


その言葉が本当なのかどうかは当人たちにした分らないが、その後の取り調べで例の刑事達の写真を見せると工藤はこう言ったのである。


「駒井運送の事案に関わっているのはこの机に写真を並べられるだけの人数ではない。段ボールの七、八割は埋まる量でしょう」


この言葉に長嶋は空いた口がふさがらなかった。


すると、長嶋はある疑問を抱いたのである。


その事が事実だとすると、工藤だけでそこまでの人数の刑事を何の情報も無しに動かせるだろうか。


いくらなんでも支持を受けた刑事は何の事件の事か疑問を持つものではないだろうか。


この事を工藤に問い詰めても良いものなのか、長嶋には分かりかねた。


何かとてつもなく大きいパンドラの箱を突こうとしているような気がして長嶋にはその覚悟が出来ていなかった。


               ※


その頃記者会見場では、駒井運送を巡る一連の騒動を菊山が自らマスコミの前で発表していた。


先日の駒井運送の爆発があり容疑者を取り逃がした際の会見とは比べものにならないくらいの量のマスコミが駆け付けており、用意されたパイプ椅子に座れず後ろに横にすしずめ状態である。


というのも、この事件は日本警察の最大の汚点として全世界に情報が流れており、主要都市のマスコミまでもが押しかけており混乱の渦の中にある。


本来ならば、外国のマスコミが関わる記者会見は専用の場所で行われるものだが、今回は警察の広報も機能不全に陥っており、それだけの大事件となっていた。


菊山が事件の概要を説明し終わると質疑応答に移った。


早速上げたのは全米で最高部数を誇る情報誌の記者であった。


その記者は通訳を連れているようでその通訳が質問をした。


「犯人に仕立て上げられ、亡くなった人物についてですが、日本の警察はその人物の逮捕を誤認逮捕として発表されるおつもりは無いのでしょうか」


「その事につきましては、駒井運送の一連の事案の解決をもちまして再捜査という形を取る方針であります」

この言葉に会見場内からは雨のようなざわめきが起こった。


この期に及んでまだ認めないのか。


ならばこの会見は何なのか。


解決していないならば、なぜ刑事と駒井運送社長を逮捕したのか。


さらにそのアメリカの情報誌通訳が質問を伝えた。


「では、解決していないということでよろしいでしょうか」


菊山は傍らに控えていた刑事と何やら相談し答えた。


「そう思ってもらって構いません」


するとすぐさま今度は一番前に陣取っていた日本の情報誌記者が発言した。


「そうやって解決していないと言い続け、警察自らのミスを認めないおつもりなのではないでしょうか。駒井運送を巡る事件以外にも言えることですが日本警察の隠蔽体質が一般市民の疑念を抱き、まだ成人もしていない学生の二人が狂言誘拐という大それたことをさせてしまったのではないのですか」


「全くもってその通りでございます。日本警察の隠蔽体質、これは日本警察の喫緊の問題であります。ですので、尚更完全に判明していない事柄をここで発表するわけにはいかないのです」


会見は終始このやり取りで、質疑応答だけで一時間に及んだ会見は怒号の中お開きとなった。


テレビで見ていた長嶋はこの光景を一生忘れないであろう。


そして怒号の中から英語で発せられた外国記者からの言葉は長嶋の耳にしっかり聞こえていた。


「日本警察は全世界を裏切った。平和国日本なんて存在しなかったじゃないか」


長嶋はしばらくそこから動けなかった。


幼い頃日本のヒーローだと疑わなかった日本警察が蓋を開けてみたらどす黒く染まった悪だった。


これから長嶋には何が出来るのだろう。


今回の事件の長嶋の働きは、当然の如く評価され階級アップは間違いないとされていたが、そんな事は頭のどこにも入っていなかった。


只々真実を追い求めて走り抜けたこの時間。


寝る間も惜しんで考え続けていた。


人生の中でここまで一つの事に囚われたことは無かった。


               ※


数ヶ月後、駒井運送を取り巻く騒動は終息の気配を見せず、風評被害は当然の如く、駒井運送は休業へと追い込まれていた。


そんな中、雅也は駒井運送近くのファミレスに来ていた。


長嶋達に萌花が誘拐されたのが狂言であったと伝えたファミレスである。


今日は長嶋ではなくある女性を待っていた。


そう、学生の時屋上で泣きじゃくっていたあの女子生徒である。


待ち合わせ時間まであと五分を過ぎていたのでいつ来てもおかしくない。


雅也は外を眺めながら到着を待っていた。


すると見覚えのある車が駐車場に停まるのが見えた。


しかし、その車は雅也が期待する車ではなく、駒井運送を巡る事件を共に解決へと協力し合った旧友であり同僚でもある長嶋であった。


「なぜあいつが」


雅也は嫌な予感がした。


というのも例の女子生徒が誰であるか、雅也は未だに分かっていない。


昨日に長嶋から電話を受け、事の顛末を聞いた。


そのその女子生徒、今は女性であるが雅也の事を覚えていて今すぐに話がしたいと。


その女性は今の雅也の事を知っているということであった。


場所と時間を指定された雅也は指示通りに来て待っていたら、目の前に長嶋が現われたということだ。


ファミレスの入り口を開けた長嶋は雅也の方へ微笑みながら歩いてきた。


「俺を騙したのか。何の冗談だ」


長嶋は「まあ落ち着いてコーヒーでも飲もう」とウエイトレスを呼び始めた。


注文をし、暫くすると長嶋から話し始めた。


「今日お前をここに呼んだのは、冗談でもなんでもない。昨日の段階では例の女性を連れてくる予定だった。だけど風向きが変わったんだ」


「どういうことだ」


長嶋が「落ち着いて聞いてくれ」と言い姿勢を正したので、ただ事ではないと認識し聞く態勢を作った。

「率直に言う。その女性は先程逮捕された。駒井運送を巡る事件によってな」


雅也は言葉を失っていた。


――そんな馬鹿な。俺は潜入捜査までして駒井運送の近くにいたんだ。その女性がいたら気付かないはずがない。ビラを配るほど頭から離れていなかったというのに。


長嶋は雅也の心の内を見透かすかのように続けた。


「雅也が駒井運送に潜入捜査しているにも関わらず何故雅也に声の一つもかけなかったのか。それはかけれなかったんだ。一連の事件に大きく関わっていたからな」


雅也は意を決して問うた。


「正直に言ってくれ。誰なんだ。潜入捜査までする程捜査に加わっていた俺が何にも気付かない筈がない。一応これでも公安の一人だ。まだまだ半人前かもしれんが頭の中にあった筈の女性に十年近く経過しているからと気付かない筈がない」


「実は俺もその考えは同感なんだ。その女性は暫くの間、俺と一日の大半を共にしていた。仕事でな」


思い当たることがあったようで雅也は天井を見上げた。


「なんてことだ」


「俺の相棒がお前の言う女性だったなんてな。俺も刑事失格だよ。確かに同僚のプライベートまで感知するほど暇じゃないが、さすがに今捜査している事件に関わっていることに気付かなかったなんてな。道理で捜査が二転三転するわけさ」


「二転三転って初めから何も分かってなかったから二転三転もないだろ」


雅也が不思議に思って問うと長嶋は思わぬことを言い出した。


「公安が真っ先に気づいたと思われていた駒井萌花の狂言誘拐なんだが、あれは﨑山がそう仕向けたんだ」

「どういうことだ」


「駒井萌花がテーマパークで行方不明になった時、監視カメラをチェックしたんだ。その時俺と﨑山で手分けしたんだが、最近になってその防犯カメラに駒井萌花の姿がくっきり写っていることが判明した。その女性の供述によって分かったことだ」


雅也は腕を組み長嶋の背後の壁の一転に目線を止めていた。


何を見ているわけでもなく雅也に見えているものは頭の中のその女性であろう。


「﨑山はテーマパーク全体の防犯カメラを二人でチェックするのは時間がかかるからここからここまで私が見ますと自らチェックする範囲を指定した。最初から分かっていたんだ、彼女には」


「ということは、その狂言誘拐には﨑山さんが大きく関わっていたということか」


雅也は自分が長年探し求めていた女性だということを認識しているのかしていないのか﨑山の事をさん付けで呼んだ。


「その通りだ。しかし、駒井萌花に顔を見せたのはここで雅也に萌花を紹介してもらった時が最初の様だ。どうやって駒井萌花に狂言誘拐の事を吹き込んだのかまだ口を割っていない」


「それでその﨑山さんはこの一連の事件にどういう形で関わっていたんだ」


「暴力団と工藤警部の間に入っていたようだ。長年にわたり暴力団から違法の宅配物を駒井運送経由で送っていたが、最近暴力団の取り締まりが厳しくなり、暴力団と工藤警部の関わりに気付かれる恐れがあったから、そこに﨑山が入ったということだ。駒井運送の配達区域に沙織さんという人がいたのを覚えているか。例の駒井運送金銭横領事件にまつわる極秘資料が詰まった段ボールを宅配した住人だ」


「ああ、覚えているさ。その宅配物によって一連の事件が大きく動いたんだからな」


「実は例の荷物を﨑山に送るよう依頼された時、何の疑問も持たなかったわけではなかったそうだ。沙織さんが﨑山に問うも﨑山が仕事で宅配物を送りたいが、時間がないから助けてほしいと言って沙織さんに頼み込んだそうだ」


「そういうことだったのか。しかし、それだけでは逮捕にはならないだろ。しかも、その事はその段ボールが沙織さん宅に届いた時に分かっていた事だろ」


「だから、ここまで逮捕が先延ばしにされていたんだ。ある人から姉へ荷物を渡す。それは何の犯罪でもない。しかし、送り元が暴力団であることが問題で、その事を証明するのに少々時間を要した。もちろん宅配物伝票の送り元は沙織さんの名前で送り先は工藤警部だ。暴力団の気配はどこにもない。その時点ではその中身だけが問題で、﨑山にとって中身は知らなかったと言えば済む話だ」


雅也は納得したのか数度頷くと続きを促した。


「しかし、その後の調べで﨑山の事を工藤警部に追求したら工藤警部が吐いた。﨑山を協力者に仕立て上げていたってな。暴力団と自分との渡し橋にさせていたと。どうやら脅していたようだ」


「脅し?確か﨑山さんは工藤警部の娘だということは判明されていたはずだが」


「その娘を脅していたんだよ。﨑山は雅也の前に制服をボロボロにして現れた後、自暴自棄になり援交を繰返し、自分の身体を使って金を稼いでいたらしい。そのことを知っていた工藤警部はその証拠を握っていたんだろう。﨑山に黙っていてほしかったら、何も聞かずに中継役となれとな」


「そんな……。彼女は自分に肉親にいいように操られていたっていうことか」


「そういうことだ。全く反吐が出る」


「でもそれなら、そこまで大きな罪にはならないんじゃ」


「恐らくそうだが、警察にはいられないだろう。昔の話しとはいえ素性がバレ、脅されていたといっても暴力団と間接的ではあるが関わりをもってしまったのだからな」


雅也はやるせなさに今にも工藤に殴り掛かりに行きたい気持ちになっていた。


雅也は後悔と共に屋上での﨑山とのやり取りを思いだし疑問に思った。


「そういえば彼女は長嶋の後輩じゃなかったのか。てっきり年下かと思ったが」


「自暴自棄になって学校に行かなかったおかげで二年間浪人したようだ。警察の採用試験の際の履歴書にも諸事情と書いたようだが、どうやら工藤警部が嘘をでっち上げ審査を通したようだ」


「てことはその当時から彼女を利用するつもりだったのか」


「恐らくな。もしかしたらもっと先の事だったのかもしれない。彼女と工藤警部は学生時代は雅也との一件があった時から別居していたようだ。そして何を思ったか、因縁の父親のいる警察の採用試験を受けた」


「何故、警察官になろうとしたか、見当もつかない。何が有ろうと結局肉親だから恋しくなったのか、もしかしたら脅されていて警察官になるよう勧誘されたのか」


「それは当人にしか分からないから、本人が口を開いてくれるまで待つしかない状況だ」


雅也が考えを整理するよう黙っていたので長嶋もコーヒーを飲みしばらく黙っていた。


すると雅也が息を吐くと思いつめたように言葉を発した。


「これは刑事云々の問題ではなく一人の人間として聞いてくれ。学生の時、彼女が屋上に来た時、力づくにでも彼女の実に何が起きたのか問い詰めていたら、彼女は救われていたと思うか。そして駒井運送は救われていたんじゃないか」


長嶋はこの質問がくることを覚悟していたようで言葉を選ぶように慎重に答えた。


「警察官としてはそうだろう。目の前に明らかに異変が起きているであろう人間がいたら何が何でも真相を知り、解決に導く。しかし、当時雅也は学生だった。しかも目の前に制服がボロボロの女子生徒が現れ泣きじゃくるなんてどこの教科書にも載っていないし、経験もしているわけがない。大半の人は経験しないだろうよ。仕方が無いでは雅也の気が済まないだろうが雅也は刑事になって、彼女の身の回りで起きた事件を大きく動かせ、表に出したんだ。これ以上何が出来るっていうんだ。やるだけの事はやったと思うぞ。そして、彼女が刑務所から出たらサポートしてあげようじゃないか」


雅也は俯いたまま肩を震わせていた。駒井運送に潜入し事件を捜査している時の堂々とした態度から一転雅也の人間性を垣間見た長嶋は自らも熱いものがこみあげていた。


「なあ、この事件って解決したんだよな。あそこに見える汚れきった会社を救うことは出来ないかもしれないが、これで良かったんだよな」


「長嶋まで何を言い出すんだ。今さっきやるだけの事はやったと言ったばかりじゃないか」


「いや違うんだ。パンドラの箱を空けてしまったような。なにか得体のしれないものを世に解き放ってしまったような気がするんだ」


「何言ってんだお前。それで慰めているつもりか」


そういうと二人してファミレスの窓から見える駒井運送を眺めた。


その駒井運送からは何か見えないとてつもなくどす黒いものが湧き出ているように二人は見えていたのであった。

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