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青春の後悔  作者: イトユウ
15/17

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無数のフラッシュが炊かれた中、管理官である菊山が本部長を横にし頭を深々と下げていた。


健人と萌花によってもたらされた封筒の中にはある人物が駒井運送の一連の事件に関連していると確信できるだけの資料が入っていた。


そして警察は刑事三名を指名手配犯として公表し、今回の会見に至った。


現職警察官が指名手配されるという前代未聞の不祥事にマスコミ関係者が会見場にどっと押し寄せていた。


そして、このニュースには日本中が揺れ動き、海外にも大々的なニュースとして取り上げられた。


平和国家日本という海外からの評価が一瞬にして崩れ去った瞬間であった。


会見はマスコミ関係者による質疑応答に移っていった。


「指名手配ということでしたが、氏名を公表しないのは何故でしょうか」


菊山がマイクに向かい答える。


「これには深い事情がありまして、指名手配した三人の氏名が偽名であることが判明しました。その偽名を公表してしまうと、情報提供の際に混乱をきたすと考え現在の所、公表しない方向で進める結論に至りました」


菊山が話し終える前から会見場内ではざわめきが起こっていた。


刑事は少なくとも地方公務員又は国家公務員として登録されているはずで、その登録された名前が偽名ということになると、警察だけの問題ではなくなる。


学校の教師や役場務めの公務員までもが偽名で登録できる抜け道があったということになるのである。


「管理官、自分が言ったことの重大さに気づいておられでしょうか。管理官が今おっしゃった事は、日本全国の公務員の素性に疑問符がつくということですよ」


今意見を言ったのは、古株の新聞記者で、普段から菊山ともコミュニケーションをとり、苦楽を共にした間柄である。


しかし、その人物までもが菊山へきつい意見を言わざるをえない状況なのである。


「おっしゃる通りです。現在原因を調査中でして、登録された個人情報が何者かに書き換えられた可能性もあるわけでして、その調査を待ちまして、政府への報告も視野に入れます」


今度はしんと静まり返ってしまっている。


まさにこの会見場すべてが混乱していた。


そんな中、再び先ほどの新聞記者が質問した。


「では、その指名手配犯が数十年前の駒井運送金銭横領事件の真犯人だと断定してよろしいということでしょうか」


菊山は大きく頷くと「断定してもらって構いません」と答えた。


「断定するに至るだけの証拠もあがっているということでしょうか」


次は端に座っていたテレビ局関係の女性が質問した。


「証拠も揃っており、身柄を確保し次第逮捕する方針です」


逮捕という言葉が発せられると、水を得た魚のように質問を求め手が多数上がった。


「そこまで追い詰めておきながら先日の駒井運送での爆発の際に取り逃がしてしまった。ここで疑問があるのですが、何故公開捜査にしたのでしょうか。私どもが言える立場でないのは重々承知のうえでの質問をお許しください」


駒井は数回頷くと「その疑問はごもっともです」と言い続けた。


「先日の公開捜査は犯人を追いつめるための一つの策でした。刑事が数人この事件に関わっている状況で多くの捜査員をこの家宅捜査に向かわせるわけにはいきませんでした。管理官として失格と言われる覚悟で言いますが、信頼に足る刑事のみをピックアップし今回の家宅捜査のメンバーに抜擢しました。そこまで、見張り等に人数を避けることができなかったために、公開捜査を敷き、犯人グループにマスコミという包囲網を敷こうとしました。ですが、先日の出来事が現実です。駒井運送の本社の四回、そして犯人グループが出入りしていたと思われる倉庫の爆発により、現場は混乱し大きな隙が出来てしまったということです」


「その爆発は想定できなかったのでしょうか」


「正直、頭の片隅にはありました。爆発でなくとも何かしらの事は犯人グループは仕掛けてくるだろうと。しかし、全てにおいて不測の事態に対応できるだけの刑事が足りなかったということです」


「では、犯人グループ逃走は最終決定を下した管理官の責任ということでしょうか」


「まさしくその通りでございます。皆様はその責任問題をどうするのかとおっしゃりたいと思うのですが、私はこの一連の駒井運送の事件の解決をもちまして辞任する覚悟でございます」


                        ※


その時、長嶋と雅也は駒井運送本社の社長室に向かっていた。


といっても本社は四階の爆発で使用不可、簡易的に倉庫の一つを幹部室として使っていた。


車の中で菊山の会見をラジオで聞いていた長嶋と手塚は共に眉間に皺を寄せ、重苦しい空気になっていた。


「とうとうこの時が来たな」


「ああ、ほんとやってくれたよ」


二人は短い息をつくと先を急いだ。


駒井運送の入り口には数人の刑事が立っており、そこで長嶋は刑事に警察手帳と警察バッジを見せ、敷地内に入った。


そこには無数の刑事が慌ただしく動いておりものものしい雰囲気になっていた。


「長嶋、心配は許されないぞ。分かってるな」


「分かってるさ。最初で最後のチャンスだ。何としても解決しよう」


二人は頷き合うと社長室として使われている倉庫の前に車のまま乗り込んだ。


そこには、この異様な光景に目を丸くしている浩之が立っていた。


「長嶋さんに手塚さん、これはどういうことですか。こんな人数を張らせて何のつもりですか」


長嶋と手塚は車から降りると、有無を言わさず浩之の顔前に逮捕状を突きつけ金銭横領につき逮捕する旨を伝え、手錠をかけた。


「何のつもりですか。金銭横領って真犯人は指名手配になっている刑事さん達なんじゃないですか」


「よくそんな口がきけるな。その指名手配犯はさっき保護されたよ。本社四階の丸焦げになった部屋でね」


浩之は体を硬直させ、口もきけないようであった。


「灯台下暗しとはよく言ったものだ。まさか自分の会社のしかも、爆発があった現場に隠すんだから、恐れ入ったよ。恐らくあんたの考えではないだろうがね」


浩之は膝をおり座り込んでしまった。


「案外脆いんだな。もっと抵抗すると思ったが。本当はこの一連に事件に関わりたくて関わったんじゃないんだろ。話を聞いてやるから車に乗れ」


浩之を車に乗せると、長嶋と雅也は警察署に向かった。


「いつから気づいていたんですか」


浩之は車内で小さくなりながら長嶋と手塚に問うた。


「それは言えないが、だいぶ前だな」


「じゃあ先日例の﨑山さんの妹に届いたの荷物を渡しに見せたのはどういった理由で」


「確信を得るためですよ。案の定あなたは何の抵抗も示さなかった。責任感が強く社長という立場にあるあなたが、事件に関わっているとはいえ令状も無しに客の宅配物を開けるのに何も言わなかったからな」


浩之は鼻で笑うような笑い方で笑うと「そういうことか」と呟いた。


「あなたは何も言えなかったんだろう。あまりにも早くこの荷物に俺達警察が行きついたものだったからな」


「ああ、びっくりしました。まさか普通の社員だと思っていたあなたが刑事だったなんて」


「もう一つ言うとこの事件の始まりである金銭横領事件の犯人にされ、その後死亡したあなた方の社員は俺の父親だ」


浩之は雅也の顔を驚きの顔でまじまじと見た。


「当時あなたの父にあたる先代社長の時代、バブルが崩壊して軒並み日本国内の経営が悪化する中で駒井運送もその煽りを受けていましたね。経営がこれ以上悪化すると難しくなるという時にある暴力団から狙われた。違いますか」


浩之は意を決して答えた。


「まさしくその通りです。自分の父親は正直最後まで踏ん張っていました。今となっては言い訳以外の何物でもないでしょうが、ギリギリのところで踏みとどまっていました。しかしある日、駒井運送からある家へ宅配物を届ける際、ある社員が事故を起こしました。雅也さんの父です。その中には運の悪いことに暴力団関係者の荷物が入っていたのです。その荷物も含め、かなりの荷物を破損させてしまい会社に対しての賠償問題になりました。そのこと自体は仕方のないことです。本当はあってはならないことですが、犯罪とまではいきません。しかし、その荷物の内容がまずかったのです。ある暴力団関係者宛、しかも幹部クラスの人物への宅配物だったそうで、その人物が激怒し駒井運送へゆすりをかけてきました」


長嶋は険しい顔をすると「ちょっと不思議なのですが」と前置きして続けた。


「確かに客からしたら届くはずであった物が途中で壊れ無くなってしまうのは憤りを感じるかと思いますが、いくら暴力団関係者だとしてもゆすりをかけるまでいくのでしょうか」

この質問に浩之は口を真一文字に閉じ、長嶋の言葉に対する答えを答えた方が良いか吟味しているようである。


「社長さん、今隠した所で追々捜査すれば分かることです。今の内に言ってしまった方があなたの為ですし、何よりもあなたの子供である萌花ちゃんの為にもなるのではないでしょうか」


浩之は少し首を振ると「私自身の問題ではありません」と言い続けた。


「その事件があった時、私の父は警察に協力を要請しました。その刑事が駒井運送とその暴力団との間に入っていたのですが、ある日駒井運送にその刑事が言ったそうです。すこし減額した額で手をうちました。今すぐ用意して下さいと」


ある程度予想していた事であったが、浩之の口からきくと改めて憤りを通り越して怒りが湧いてくる。


「そういう事故のときのための保険が今ほどしっかりしては無いですがありまして、その保険に入っていたので、法で決められた額であれば払えると父は言ったそうですが、そういう次元の話では無いとその刑事に一蹴されたようです」


長嶋は怒りの中にも冷静に理解する頭は残っていた。


その刑事に態度はその刑事も何かしら暴力団との間に問題があった可能性が高い。


「父は不思議に思ったようです。いくら刑事といえど一人の人間で、目の前に大金を積まれたら悪に走る可能性は少なからずあると。当然あってはならないですが。しかし、父からみたその刑事はとてもそんな悪に手を染める人には見えなかったと。そして例の金銭横領事件の始まりとなったのです」


長嶋は納得したような顔をし「社長自らが会社の金を操作した」と言うと、浩之は数度頷いた。


「しかし、浩之氏が先ほど言った話では、操作できるだけの金があったとは思えないのですが」


「ですから金の代わりにその暴力団から宅配物を何の記録を残さず、極秘で配達する仕事を受けたのです。宅配物の中味は刑事さんなら大方想像がつくと思いますが、違法で仕入れた銃や薬です」


雅也はあることに気づいたようで目を見開くように浩之見ると話し始めた。


「もしかして、俺の親父はその暴力団からの宅配担当にでも選ばれたってことなんじゃ」


「その通りです。当時駒井運送は集荷は積極的に行っておらず各支店にお客様が出向く形になっていたのですが、父は雅也さんの父に今後集荷サービスを始めようと思うと話し、そのための試験的なものを行うとでも言ったんでしょう。そしてその中に暴力団事務所が入っていたわけです。雅也さんの父は何も知らず只ひたすら暴力団から会社へ運んでいたのです。そしてその荷物は試験だからとでも言ったのでしょう。全て父の元に直接持っていくという形をとっていたようです」


「なるほど。そして送る相手側が直接駒井運送に取りに来る、もしくは浩之氏の父がどこかへ届けるということですね」


「そういうことです。しかし、ある日父が通常通りの方法で暴力団からの荷物を届けに行ったのですがそこに待っていたのはある刑事でした。先ほどの刑事です。その刑事と話したところ、その刑事も暴力団に脅されており駒井運送の間に入り社長である父を説得しろということだったようで、やむなかったと。しかし、ある刑事が隠密に解決してくれたと、そしてこれからこの件を共に闇に葬ろうということでした」


長嶋は首をかしげた。


「闇に葬るというのはどういうことですか。その刑事は解決したのかもしれませんが、駒井運送側は何の解決もしてませんよね」


「駒井運送の問題も解決してしまうだけの事だったのです。狂言誘拐です」


「狂言誘拐?それは始めて聞きました。つい先日まで萌花ちゃんが関わっていましたが」


「確か長嶋さんの上司で指名手配されている方だったと思うのですが」


長嶋の頭の中ではすべての線が繋がった。最後の切れていた線が繋がったのである。


「工藤警部ですね」


浩之は頷きそのまま俯き車の中は重苦しい空気になった。


                ※


その頃、手塚は本社四階の丸焦げた部屋に向かっていた。階段しかないので汗を流しながら四階にたどり着いた。


そこには黄色いテープで立入り禁止となっていたが、手塚は思うのであった。


「そもそも本社自体を立入り禁止にしているのにここまでテープを張る必要があるのか。まじめだなぁ」


この緊迫した中でも冷静なところは雅也独特のものであった。


そしてそのテープを剝しドアを開けようとするも、取っ手が爆発の勢いで外れており開けることができそうもない。


あまり大きい音を出してしまうと中にいる人物たちに気づかれてしまう恐れがある。


意を決した雅也は傍らに控えていた刑事と身体ごとぶつかりドアを破った。


するとそこには目を見開き驚きの表情をした三人の人物がいた。


長嶋の上司である工藤警部、そして長嶋の元相棒である﨑山。


そして三人目は雅也は始めて会う形となるが、駒井運送社長である浩之の妻である里美である。


雅也を追い越したのは捜査一課の刑事達で公安と捜査一課が合同で捜査にあたるという異例中の異例の現象が起きていた。


それだけの事案であり、長嶋と雅也による功績が何よりも大きい。


               ※


昨日深夜、警察署では臨時の捜査会議が開かれていた。


何の捜査本部もできておらず呼ばれた刑事達は皆不機嫌な雰囲気を隠そうともしなかった。


しかも、部屋の半分を捜査一課、公安と分かれておりお互いに睨み合っていた。


そこへ菊山が入りひな壇に座った。


司会進行は長嶋が臨時で担当する事により、早速長嶋が現在起きている駒井運送を巡る事件の概要を説明した。


途中から捜査一課の刑事も公安の刑事も睨みを利かせることを辞め、長嶋の話しに驚きの眼差しを送っていた。


質疑応答に移るも、驚きのあまり誰もが口を閉ざしてしまっていた。


すると長嶋の隣に陣取っていた手塚が挙手し話し始めた。


「今、手塚君の言ったことは事実で犯人を裁判に持っていけるだけの証拠も揃っている。しかし、長嶋君の話しにもあった通り、この事件には俺達の先輩、そして現在の仲間までもが加担している。公安を中心に暴力団関係者に関わる政治家や著名人の捜査もようやく実を結びつつあるがそれは人間に例えると肌にしかなっていない。心臓部分をあぶりださなければ解決にはほど遠いのは皆も分かっていると思う。そして、真の解決には我々公安だけではなにがあっても不可能だ。今こそ警察が一つになって解決に向けて一枚岩になるときが来たんではないか。そのためにも、今皆の気持ちをここにいる管理官に聞いてもらい、少ない時間であるが来たる日のために体制を整えておく為にも、たくさんの意見が欲しい」


すると一人、また一人と手が上がり意見が次々と出た。


「そもそも捜査一課の刑事が不祥事を起こした。それは事実なのでしょう。そういうことならば捜査一課だけで捜査すれば良いことでしょう」


捜査一課の刑事の何者かが言い返すと公安からも言い返し、さっきの静けさが嘘のように怒号の嵐である。


するとその時、ひな壇の方からものすごい大きな音が聞こえた。


菊山がホワイトボードを叩いた音であった。


そのホワイトボードはあまりの衝撃に菊山が叩いたところはひび割れ陥没していた。


「いい加減にしろ。捜査が嫌だったら今すぐ出て行け。お前たちは日本の平和を守るのが大きな使命でそれは捜査一課も公安も変わらない。それをお前たちの今の態度からはその心が少しも感じられん。それは現在指名手配されている刑事達と一緒だ。何故今回の事件を内密にここにいる長嶋君と手塚君にだけ捜査を進めさせたか、空っぽの脳みそで考えろ」


菊山のあまりの剣幕に押し黙ってしまった。


長嶋が話を引き継いだ。


「正直捜査一課と公安は言えば水と油なようなものだと思います。それは手塚さんも同様の考えでしょう。しかし、捜査一課や公安の前に一公務員として職務を全うしなければなりません。駒井運送を取り巻く腐ったものを取り除かなければ更に広がり他の企業にも影響が出かねません。案の定、二人の若者が狂言誘拐という大それたことをしてしまったのです。私もそうですが、その狂言誘拐がなければ事件の核心部分にまで行けたのでしょうか。公安は代々この駒井運送の金銭横領事件に何かあると探っていたそうですが、これまで真相を暴けなかったのは理由はただ一つです。警察という組織で挑んでいないからです。もはや日本中の警察、いや国民までもが一枚岩にならないと解決できないレベルまで、駒井運送は腐りきってしまっており、周りに伝染し始めています。我々が先頭を切ってこの事件を引っ張って行きましょうよ。そうでなければ何のために皆刑事になったのですか」


長嶋の言葉に捜査一課の刑事からは頷く者がほとんどで、公安の刑事も睨みを利かせるようなピリピリした空気は和らいで行った。


すると菊山が話をまとめるかのように話した


「皆がいがみ合うのはもちろん分かる。俺も皆と同じ道を歩んできたからな。しかし、その部署で解決しきれない事案が出て来たならば部署だとか言っている場合ではないであろう。皆も気付いているはずだ。今まで数々の未解決事件があったが、県警ごとのコミュニケーション不足、そして捜査一課と公安のコミュニケーション不足によって犯人を取り逃がしてしまった事案は数多くある。それは小説や映画にもなってしまっている。恥しいと思わないか。その事が当たり前になってしまっているのだよ。誰でも知っている警察の隙を、犯罪を計画している輩が利用しないはずがないであろう。今この瞬間から犯人に一ミリたりとも隙を見せないまさに最強の警察組織を目指そうではないか」


この言葉に捜査一課の刑事も公安の刑事も大きな声で肯定の言葉を叫び物々しい雰囲気から活気のある会議になっていった。


                 ※


この長嶋と雅也の行動により半日足らずで捜査体制は強く固いものとなり今回の家宅捜査に踏み切った。


先日の家宅捜査では重要参考人を取り逃がすという失態を犯し、菊山が記者会見を行うまで発展したこともあり、今日はマスコミには知らされていない。


マスコミという包囲網を敷く必要もなく、駒井運送を囲むように刑事が配置されており、事件解決の時を迎えていた。


そして、本社四階で指名手配されていた三人向かい合った手塚達は一瞬の内に三人に手錠をかけ警察車両に乗せた。


少し離れた所では、長嶋が社長である浩之を車に乗せている所で、長嶋と雅也はお互いに頷き合った。


                ※


取調室では工藤と手塚が向かう合って座っていた。


手塚が金銭横領事件がの前後の出来事、そして現在至るまでの出来事を説明し、工藤に合っているか問うと工藤は「その通りです」と認めた。


工藤はずっと下を向いており、犯罪を犯し、取調室に入った容疑者としてよくみる仕草だ。


「工藤さん、今言った事以外に私が気になっていることがある。あなたは何故簡単に暴力団に加担したのですか。少なからず刑事であるあなたが、暴力団に加担する事がどういうことか分からない筈がないでしょう」


工藤は下を向きながら蚊のとまりそうな声量で話し始めた。


「あなたが言った中にも出て来たと思うが、当時駒井運送で事故が起きた。そしてその捜査の責任者になったんだ。そして捜査を進めて行くうちに、この事故は仕組まれた可能性が高いことを掴んだ。そして捜査を進めて行くうちにある容疑者が浮かんだ。例の暴力団幹部だ。捜査会議でもその暴力団幹部の犯行ということが濃厚とされて、証拠固めに奔走し、翌日に家宅捜索に踏み切ろうとした時、その暴力団幹部から電話があった。娘を預かったってな」


この事実に手塚は驚きを隠せずにいた。


当時の工藤の背後に何かあるのではという思いはもっていたが、まさか娘が誘拐されているとは思いもよらなかった。


手塚は続きを促した。


「通常は金銭を要求するのが一般的だが、その暴力団幹部はあろうことか、自らの犯行を取り消せと言い出した。あんたにも分かると思うが、捜査は逮捕直前まで進んでおり、その段階で容疑者から外す事は不可能に近く、とっさに思いついたのが事故を起こしたとされている駒井運送の社員を脅し、自首させるというものだった。この提案に相手も納得し、早急にその社員を脅すのに必要な行動を起こした。まず、土台固めとして俺の娘を何者かに誘拐されたこととし、俺を捜査から外させた。自分の娘が誘拐され、ふさぎ込むという下手な芝居を打ってな。事実、実際に娘は誘拐されていたしな。そして責任者がいきなり抜けた本部は体制を整え直すために逮捕を数日間遅らせた。そしてその間に当時の駒井運送の社長をも巻き込み金銭横領をさせたんだ」


「社長を巻き込んだのは事故の賠償請求だとか言い、法外な金銭を要求し、払えないならば暴力団事務所から送る物の中継所になれとしたのですね」


「そうだ。そして暴力団からその送料として膨大な金が駒井運送に流れた続けた。もちろんそんな金を申告するわけもなく、そこで金銭の横領を例の社員にさせた。表向きはその事で会社の売上は激減し経営は大きく傾くと言われたが、暴力団事務所から流れている金で十分に補填できていたというわけだ」


「なるほど。駒井運送にとって、その暴力団事務所からの宅配物の中継をしないことには金が入らない。その金がなければ金銭横領事件でこうむった風評被害、そしてバブルがはじけたことによる不景気で会社は成り立たなくなる。暴力団事務所にとっては長い間、宅配物の中継を駒井運送にさせるという構図が出来上がるということなんですね。まさか、違法なものを何の前科もないクリーンな企業である駒井運送が暴力団事務所の運び屋になっているなんて誰も思わないだろうでしょうし」


手塚は腕を組み様々な考えを整理するかのようにして続けた。


「そして、事故を起こした社員に事故の責任として数日間の自宅謹慎、そして数ヵ月間の減俸という会社からの重い処罰を与えその数日後、会社で金銭横領事件を発生させる。当時、総務室は無く会計は社長である浩之の母にあたる人物が行っていたので、いくらでも書き換えられた」


工藤はなおも下を向いたまま手塚の話しに「そうだ」と相槌を打った。


「工藤警部と社長夫婦が結託し、例の社員を金銭横領事件の犯人に仕立て上げた。そして、そもそもの発端である事故という事案をうやむやにする。そうする事で、世間には金銭横領事件というものがイメージとしてこびりつき、多少駒井運送の売り上げ減や風評被害はあるが、結局は社員の一部が犯した罪として、時間が経てば会社そのものの信頼は回復する。その間の資金は暴力団から余りあるだけの額が流れてくるというわけですね」


当時の資料は社長夫婦が保管しており代々駒井家に引き継がれていたっという。


だれもその悪しき歴史に終止符を打てず、その歴史をあぶりだすきっかけを作ったのはまだ成人にもなっていない学生である萌花であった。


「あなたの子供が誘拐された際、子供がどんな気持ちでいるか考えたことはありますか。誘拐され、怖いということの他にあなたが立派な警察官と思っていたが、何やら事件に加担していると」


「当時の俺は娘の事も大事だったが、自分の保身の事で頭がいっぱいだったんだ。後々娘がどう思っていたか聞くまでは」


「私の部下には昔、忘れられないある女子生徒がいるようです。その当時の事を聞く限り、ある日少し親しかった女子生徒が制服をボロボロにして部下の前に現れたんだそうです。号泣しながら。理由も言わず部下の胸に顔をうずめしばらく泣き続けたようです。その次の日からその女子生徒は学校に来なくなったと」


工藤には何を言っているのか今一ピンとこないようで手塚の顔を見ると「何の話だ」と問うた。


「その女子生徒は学級ノートで担任教師に先生にお勧めの、ある作家さんの言葉ですと綴り、こう書いたそうです」


――世の中には自分だけでは乗り越えられない壁が山ほどある。

しかし、皆と力を合わせればその壁を乗り越えることが出来るかもしれない。

もしくはその壁を壊すことも出来るかもしれない。

それを他力本願という人は悲しい人だ。人といる悦びを知らない人だ。

人に頼るのではない。協力するのだ。

人任せになってもいけない。それは協力ではない。自分、そして皆で頑張るのだ。

人といる悦びを人も、一人でいる悦びを感じているかもしれない。

しかし、それは人といる悦びを知らないからだ。ちっぽけな悦びしか味わえていない悲しい人だ。

そのためにも自分ではない誰かが高い壁に挑戦していたら協力しよう。

一人が協力すれば二人、三人と自然と増えてくる。一人目になれ。そうすれば悦びも倍増する。

悲しい人になるな。悦びを味わえる人になれ。



「そして、彼女はこの詩の最後にこう書いたようです」



――先生、私には幸せなことに、協力し合える友達がたくさんいます。でも、先程の詩にも出てきた「高い壁」の存在を伝えて協力し合える友達がいませんでした。

その「高い壁」は私にとってはるかに高すぎるからです。詩にもあったように私も努力しなかったら、それは「人任せ」になってしまう。

だけど、私は見つけられそうです。

そのあまりにも「高い壁」を一緒に乗り越えることの出来る友達が。その友達はあまり多くは喋らない人です。

だけど私という人間と紳士に向き合ってくれます。そんな友達とこの「高い壁」に挑もうと思います。二人目、三人目来てくれるかな。


「この女子生徒が消えた時期、実は駒井運送金銭横領事件発覚の直前だったのですが、何か心当たりがありませんか。制服がボロボロになるまで何をしていたのか。そしてその女子生徒をここまで追い詰めた高い壁とは何か」


工藤は手塚の言葉の途中から肩を震わし涙を流していた。


「その反応を見ると私達が考えていた通りの様ですね。工藤警部あなたの娘ですね」


工藤は小さく頷くと訥々と語り出した。


「制服がボロボロになったのは、当時私と大喧嘩したせいです。先ほどの話しにもあった金銭横領事件のをでっち上げる際に必要になった資料を私は肌身離さず持っていました。ある日、私が風呂に入っている間に娘に見られてしまったのです。娘は私の異変に気づいていたようでその資料を見た時にはなんの事かわからなかったらしいのですが、その資料をコピーして娘なりに調べたそうで、その資料が金銭横領事件をある人物になすりつけるという資料だと分かったようです。そこで娘は私に問い詰めました。私はあせってそのコピーした資料を奪おうと力づくで……、その時気が付いたら制服を引っ張ったりしたしまっていたようで、手を数発上げていたようでした。そのコピーした資料を取り戻すのに頭がいっぱいで、娘を手を上げたという認識がなかったのです。そして娘は家を飛び出していきました。私の記憶によると平日の昼過ぎだったと思うのであなたの部下の話しの女子生徒は私の娘の可能性が高いかと。制服をボロボロにして泣いている子なんて日本中探してもいないでしょうから」


「私どもとしてはこの事を報告書として上げる義務がある。しかし、私の部下の事を思うと心が非常に痛む。私の部下は先日までその女子生徒の行方を探し、ビラ配りまでしていたのです。おそらく彼は年頃の時期に浮いた話など無かったのではないでしょうか。あなたが行った行為はあなたの身の回りだけでなくあなたが見たことも話した事も無い人間までも巻き込んでいたんです。そのことを肝に銘じておいてください」


工藤は反論の意思はもう無いようで小さく頷いたのであった。

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