第70話 サリア
「だってお前が魔王なんだからな」
「いや、何でそうなるんだ? 僕は勇者のはずだろ?」
「なあお前の世界の人間ってマニュアルでも用意しているのか? ここに来たどの魔王も同じことを言ってたぞ」
「ああ、そうだね。前の魔王も同じこと言ってたね。サッサと世界を恨んで滅ぼそうとすればいいのに『話せばわかるだから剣を収めてくれ』なーんて甘いこと言って死んで逝ったね」
な、何を言っているんだ?
確かにこいつは1000人単位で人を殺せるとか言っていたけど本当に
「そう、これっぽっちも人の命を大切だなんて思っていないよ」
魔神が指で1センチほどの隙間を作って笑う。
「君達だってゲームのキャラが死んだところで泣いて悲しんだりはしないだろう?」
「だが僕が魔王だったとしても元々勇者として召喚されたんだ。きっと異世界の人達も敵ではないと信じてくれるは──」
「まだそんな甘いこといってんの?」
甘い? 僕の何処が甘いって言うんだ。
「お前らみたいな異世界人が、それも魔王と同じ見た目の人間が信用される訳ないだろう?」
確かにそうだ。人間は生まれた国が違ったり、人種が違うだけで差別の対象になることがある。黒人差別などがそうだ。
「でも王城では普通に接してくれていた」
「演技だな。だいたい王城で起こった暗殺未遂事件。あれ王様達の自作自演でお前を試すための物だぞ。騎士長に勇者、それに人外に片足突っ込んでる王様がいるんだぞ、あんな奴一瞬で始末される」
「あ、酷い。私が言おうと思ってたのに。」
「ノロマなお前が悪いんだろうが」
ならあの時の皆の反応も演技だったってことか。
そして騎士達も本当は強かったと。
「それならメシアから貰った情報と違う…?」
「あ、やっと気付いた? メシア、だっけ? そいつの言っていることが本当だと誰か言ってくれた? というかそれは誰に貰った物か覚えているのかな?」
それはそこにいる女神に…まさかこれもこいつらの仕組んだ罠なのか。
「それとメシアが何か知ってる?」
「た、ただのスキルじゃないのか?」
「残念。スキルがそこまで自由な訳がないでしよ。そいつは私達の妹よ、と言っても出来損ないだけどね」
「つまり今まで教えて貰っていた情報が偽だったってことか?」
「違うわよ。そんなことをしたらゲームにならないでしょう?あなたに教えなかったのは私達のゲームや異世界での差別に関する部分だけほかの情報はあってるわよ」
「それにこれからは全ての質問に正直に答えるように命令しておいたから心配する必要は無いぞ」
だが今さっき信じていた物が虚偽だったと教えられたばかりなのにそう易々と信じられるほどレンは合理的に生きていない。
「まあ、信用出来ないのは仕方がない。だがこれはゲームなんだ、こちらだけが高みの見物をしていたらつまらないだろう?」
「だから姉様があの世界に降りてあなたから勇者達を守る。姉様を殴りたかったら勇者を襲いなよ」
僕が勇者を襲う? そんなことをしたってもう何も意味が無いじゃないか。
どうせこの世界には居場所がないのだから。
でももしかしたら話し合いが出来るかもしれない。あの勇者ならわかってくれるかもしれないじゃないか。
「はあ、諦めが悪い子だね。言っとくけどあなただけがこのゲームの主人公じゃないんだよ。それにまだ自分が勇者だと思っているの?
サッサと諦めなよ、もう君に味方する人はいないんだからさ」
頭の中が真っ白になって何を言っているのか理解できない。
一体どうしてこんなことになったのだろう。
「魔王召喚の日、つまりお前が召喚されてから1ヶ月後、それが今日だ。今からお前をお前自身の肉体に戻す。ここに来ているのは精神体だけだからなって言っても聞こえてないか」
どうしてこうなったんだ?
一体僕が何をしたって言うんだ。
「君は何もしてないよ。ただ運が悪かっただけ、それだけだよ」
「次に会う時は楽しませろよ」
「バイバーイ」
そして僕の意識は空回りし続ける思考のまま屋敷の寝室へと戻された。
───────────────────────
「しかし不思議だな」
「どうかしたの?姉様」
「どうしてお前は人間と楽しそうに会話出来るんだ?」
サーリアがさっきまでレンと楽しそうに話していた妹の方を向き、疑問に思っていたことを聞く。
「だって今回の魔王でしょ。せっかく同じゲームをプレイするんだから仲良くした方がいいんじゃない?」
「人間は仲良くなった相手とは戦いにくいとよく言うがお前は違うのか?」
「なんで? 仲良くなっても戦うのだったら殺せばいいじゃん」
魔神は弄んでいた黒い人形の首をセリフと同時に捻り千切った。
「やはり私にはお前の真似は出来そうにないな」
「姉様も人間と同じように考えるの?」
サーリアは魔神の疑問に対して首を横に軽く振って答える。
「じゃあどうして真似ができないの?」
「私には人間と仲良くすることが出来ないからな」
「姉様が仲良くしょうとしても人間達は離れて行っちゃうからね」
「まあ、楽しめればそれでいいんだけどな」
サーリアが改めて魔神の方を向く。
「さあ、ゲームをとことん楽しもうか、サリア」
名前を呼ばれた魔神は嬉しそうにサーリアの顔を見る。
「ようやく名前を読んでくれたねサーリア姉様」
2柱の神はこのゲームの結末を想像し楽しそうに笑っていた。