第52話 お風呂──前編
という訳でアオイ達を呼んできた。
まずはお風呂の使い方を説明しないといけないからな。
「この赤い蛇口からお湯が、青い蛇口から水が出るから自分で温度調節をしてくれ」
「わかりました…」
それと蛇口に色を付けた。どちらが熱湯か分かりにくかったからな。
「これが石鹸ですか?」
「そうだよ。ここで手に入る物で作ったんだよ」
油と灰で出来るのは知っていたから錬金術と製薬で何とか出来た。
「お風呂まであるとはすごいですね。まるで貴族みたいです」
「そうなのか?」
「はい、お風呂に毎日浸かることが出来るのは公爵や王族だけです」
なるほど、やはり異世界ではお風呂に入れるのは金持ちだけみたいだな。
「ということはこの屋敷では驚いてばっかりだったのか?」
「もちろんですよ。この屋敷なら貴族でも驚くと思いますよ」
そうか、やはり日本の知識で無双出来そうだな。いや、既に物理的な力で無双出来てるから日本の知識を広める必要は無いか。
「そろそろお風呂に入りたいので出てもらえますか…」
「え、レン様も一緒に入るのではないのですか?」
アオイが赤い顔をしてマインを見た。マインはそんなアオイと僕を不思議そうに見つめている。
「そ、そんな訳がないでしょう…」
「そ、そうだな。それじゃ楽しんでくれ」
逃げるようにお風呂場から出ていった。
バクバク鳴ってる心臓が落ち着くまで少し休んでいたら扉の奥から水の音と鼻歌が聞こえてきた。
ここにいたらダメだな。
全く落ち着けないことを悟って屋敷の外に出る。
農作物の様子でも見よう。
畑までの道(石畳で舗装されている。所々は照明の魔法で光らせてあり太陽の光が月並みに抑えられている夜に歩くとすごく綺麗)を歩きながらさっきのマインの言葉を思い出す。
「レン様も一緒に入るのではないのですか?」
って、そういえばマインはまだ10歳なんだっけ。うーん、思春期真っ盛りの僕らにはクリティカルヒットだったな。
足に何かがぶつかった。
「ん?」
下を見るとポタトの先が地面の上に出て来ていた。
どうやら唸っている間に畑に着いたみたいだな。
畑の大きさは200メートル×200メートルの正方形で40メートル事に違う野菜が植えられていて上から見ると縞模様が見える。左端からポタト、キャレット、レテス、イチギ、トメトと植えられている。
メシア先生によると季節がそれぞれ違うらしいのだけど収納の中は色々できるのでそれぞれの季節に合わせてある。
例えば僕のいるポタトの列は少し寒めに設定してある。
収納の中で物を分解出来ることを応用して畑から実った野菜だけを回収することも出来るのでとても楽だ。
「少し素手で収穫してみるかな」
軍手(これも雑貨屋で買った)をはめて作物の収穫を始めた。
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レンが扉の前から離れた頃、アオイとマインは久しぶり、初めての風呂を堪能していた。
「さすがレン様ですね。ここまで大きなお風呂を作ってしまうなんて」
レンはあまり気にしていなかったがこの屋敷の大人5人位なら楽に入れるくらいの大きさがある。その為初めからお湯が張ってあり蛇口が付いているのはあくまで温度調節の為である。
「確かにそうですね…」
アオイが湯船の淵に顎を乗せて気持ち良さそうに言った。
マインはシャワーと石鹸を使い細い体を洗う。
「そういえば魔獣討伐の時に不思議に思ったんですが私達が勇者ってことを街の人は知っているのでしょうか…」
世間知らずのお嬢様扱いを受けたことを思い出しながらアオイが呟いた。
アオイは答えが欲しいから言っている訳では無い。マインと2人きりになっている時に楽しく会話などしない、ただ久しぶりのお風呂に浸かり警戒が緩んでいるのである。
つまりただの独り言である。
しかしマインはその質問に律儀に答えようとする。
「レン様やあなたが勇者だと言うことはまだ公開してないらしいです」
マインがシャワーで泡を落として湯船に入ろうとする。
「何でも勇者が召喚されると問題事が起こるそうなので神託によって魔王の存在が明言されてから公開す、ひゃっ」
湯船に入ろうとしたマインの顔に向かってアオイがお湯をかける。
「今お湯をかけませんでした?」
マインがアオイを笑顔で睨みつけながら聞く。
「あなたが足を入れた時にお湯が跳ねたんじゃないですか? 足太いみたいですし…」
少しの沈黙の後、マインは何処から出したのかナイフを構えてアオイの方を向く。
「死にたいのですか?」
アオイも天使の羽を出し金砕棒を取り出した。
「そんなナイフごときで殺れると思ってるのですか…」
2人が楽しめるようにとレンが頑張って作ったお風呂場が一瞬で戦場へと変わった。




