第119話 死亡
マインの手から小さな投げナイフがサリアに向かって放たれ、魔力の障壁によって弾かれる。
「お前も後で殺す」
「口調が変わったね。それが『人斬り』としての君かい?」
サリアはそれだけを残してこの場から消える。
その場に残ったのは3人。
椅子に座り有象無象を見下ろす『戦神』。
この状況を楽しみ笑顔で立つ『魔王勇者』。
憎しみに燃えナイフを敵に向ける『人斬り』。
全く違う感情を抱きつつ、それらは戦場へと身を投じる。
始まったその戦闘でも戦い方に差がある。
圧倒的な攻撃力で自分に仇なそうとする攻撃をねじ伏せ、ただ好きなように無手の腕を振るう戦神。
それに対してレンは神々のアシストを受け、的確に対処し、その高ステータスな体を存分に振るう。
その2人の戦いはまさに力と力のぶつかり合いだ。
その力の暴風雨の中に異物が入り込む、
マインだ。
戦神が振るう規格外の攻撃を予測し、誘導し、ギリギリで避けながら攻撃を加える。
力による攻撃と、技術による攻撃。
その2つを戦神は純粋な力でねじ伏せる。
防御も攻撃も、万物が等しく消し飛ばされる。
戦神、その圧倒的な攻撃力故に最強。
「ただ、最強なだけで無敵ではない」
その絶望的な戦力差の中でもレンは楽しそうに笑う。
「恐らく軽く指先一つ動かすだけで星くらい吹き飛ばせるだろう。だがお前は最強の矛を持っているだけでその体は普通だ。だから肉体を壊すほどの大きな力は使えない」
「故に我を滅ぼせると?」
「もちろん」
絶望、抱かず。疑問、生まれず。
ただ貪欲に勝利だけを追い求める。
そしてマインも同じく命を刈りとることだけを考えて動く。
そして永遠とも思える戦闘が続く。
レンは攻撃を受けても瞬きの後には再生し、マインは攻撃を受け流し、避けることで傷を受けず、戦神は全ての攻撃を消し飛ばすことで無傷。
それぞれの戦力が拮抗する。
しかし拮抗した状況はほんの些細なことで崩壊する。
「来い、グングニル」
戦神の呼びかけに応じて1本の槍が現れる。
「行くぞ」
片腕で槍を振り回す戦神の猛攻が襲う。
マインは無傷で、レンはいくつかの傷を伴って猛攻を耐えきる。
そしてレンは傷が治るのを待ちながら次の行動の準備を始める。
しかし
「傷が治らない?」
どういう原理か、レンの体についた傷は治らず、血を吐き出し続ける枷となる。
「ちっ」
状況の悪さを理解し、特攻を選択するが
「愚か」
四肢を、体の半分を消し飛ばされる。
そのまま攻撃の余波に吹き飛ばされ、地面に背を擦りつけ、止まる。
一瞬、槍を握っただけで為す術もなくねじ伏せられる。
しかし
「あはは、あはははははははははははははははははははははははははははは」
笑っている。
マインでも、戦神でもなく、自分が何も出来ずただ無様に負けたことを笑顔で受け入れている。
「あはは、負けた。うん、負けたな。でも」
しかし自分が負けたことを受け入れてなお、その目から光は消えず、
「次は倒す」
戦意は消えない。
そんな好敵手の最後を見届けるため、戦神が槍を地面に突き立てる。
それらを見ていたマインは愛していたレンの元へ駆け寄る。
そして変わり果てたレンの傍で膝を着き、紅きナイフを握るその手をレンの胸へと伸ばす。
その行為にレンが気づき、マインに向かって微笑む。
そんなレンに向けてマインが言葉を紡ぎ、レンが返す。
「イタダキマス、レン様」
「いってらっしゃい、マイン」
ナイフがレンの胸を切り開き、マインの手が未だ拍動する心臓を口へと運ぶ。
肉を喰らい骨を齧り血を啜る。
そしてレンを取り込んだマインは理性を傍らに置き、狂気に浸り獣と化す。
「人の真似をやめ、ようやく獣に戻ったか『鬼神の眷属』」
戦神の声に咆哮を返し、獣はレンの刀を握り敵を目指す。
そして戦神も、楽しめる好敵手から殺すべき害獣へと認識を変える。
片腕だけだった攻撃が無手の左手を含んだ連撃へと変わる。
今まで以上に速く、そして強い攻撃がマインを襲う。
しかしマインは今までの技術だけでなく、動物的な本能を駆使して攻撃が行われる前に避ける。
それはまさに細い綱渡り。そんなギリギリを潜り抜けてマインは踊る。
そして戦神はその踊りを止めるために腕を振るう。
が、爆煙が戦神を覆い隠す。
「ふむ」
爆発による衝撃や煙を腕のひと振りで吹き飛ばした戦神が興味深そうにマインを見る。
「喰われてなお、我に向かうか。賞賛に値するぞ、魔王」
爆煙により、生じた一瞬の隙。戦神の視界が阻害された絶好の機会を逃さないように全力で走る。