第115話 仕事をしようか
「はい、レン様」
そう言って朝食の場でマインが取り出したのは紙の束だ。
レンはそれを片手で受け取って……後ろに放り投げた。
「ちょっ、何するんですか」
「何するんだはこっちのセルフだよ。なんで寝起きの朝飯前からこんなもんを見せられないといけないんだよ」
「アオイが『レンくんなら朝飯前ですね』と言っていたので」
レンが机をバンっと叩く。
「それは慣用句だよ!」
レンのツッコミは華麗にスルーしてマインが紙を拾う。
「レン様が凍っていて出来ませんでしたが実際にはしなければいけない仕事ですよ。政治はアオイがやるのでそれに許可を出したり外交交渉が主な役目みたいですね」
さすがに異世界に来てまでニートになるのは嫌なのか渡された紙を嫌そうにめくる。
「聖剣連合との会談に国立大学の視察、騎士団への指南、それに帝国の新しい皇帝と食事……」
書かれていることを読み上げる度にレンの目から光が消えていく。
「もう、引きこもってもいいんじゃないかな」
「だ、駄目ですよ!」
「とは言ってもなぁ」
ペラペラと捲っていくつか指さす。
「この会談って条約とか話し合うんだろ? なんでアオイじゃなくて俺なんだ?」
「アオイやメシアが念話で話し合いの提案などはしてくれるから大丈夫ですよ」
一瞬だけレンが考え込み、そして結論を出す。
「結局俺必要ないじゃん」
「アオイは忙しくて国の外に出れませんからね。それに護衛も必要ですし」
レン様には私1人で十分ですからね
とばかりにマインが胸を張る。
レンはなんとなくその少し膨らみ始めた胸に手を伸ばして
「ひぅっ」
指でピンっと弾いた。当たり前のごとくマインが身を引き、レンが考え込む。
秒針が一周するくらいの時間がたち、レンが考え込むのを止める。
「仕方ない、行くか」
「……レン様、次やる時は先に言ってくださいね」
決意した直後に鬼気迫るマインを宥めることになったがまあ、いつもどうりだね。
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聖剣連合、それはメナール法国を中心とした小国の集まりだ。EUのようなものだと思ってくれればいい。
今回の話し合いとしては聖剣連合とグレン魔導国の関係。すなわち同盟、もしくはグレン魔導国に聖剣連合が属国化、2勢力の戦争、などについてだ。
そして馬車に乗って旅に出たレンたちが3日かけてメナール法国の隣、サリア法国という国に着いた。なお、この国はある神を信仰しており、その神の名を国名にする権利を得たという昔話がある国で、どの神かはご想像の通りである。
「というか馬車で来る必要あったのか?」
馬車の中で書類とにらめっこして敗北したレンが着いて直ぐに口を開いた。
今も尚その手には書類が持たされていてそれを読まされている。
「一応私達は国賓級の来客で、それの準備に手間取りますし、連絡を入れて直ぐに、では大変でしょう。レン様も貴族のマナーを覚えないといけませんしね」
と、マインが貴族のマナーの書かれた書類をまとめる。
レンは一応魔王なので、貴族のマナーというものを覚えていなければいけないのだが、もちろんレンがそんなものを知っているはずがない。
だから馬車の中でもう勉強していた訳だ。
「マインはマナーを知っているのか?」
「ええ、騎士団長になってから貴族との会食も増えましたからね。アオイに頼んで教えて貰いました」
物覚えの良いマインのことだ、直ぐに覚えれたことだろう。
それに対してレンは3日かけてもまだ半分ほどしか覚えていない。
「しかもスキルによる補助もないんだからなぁ」
「スキルに便っていてはいざという時に使えませんから。だいたいマナーというものは相手に不快感を与えずに過ごすための技術ですからね。神がスキルを作るほど極めようとする人もいなかったのしょう」
どこぞのスパルタ女神と違い、優しくわかりやすく教えてくれるのはいいのだが、妥協というものはマインの辞書には存在していないようだ。
「まあ、こんなものを作ってきた時点で妥協しなさそうなのは分かってたけどな」
そう言ってレンがつまみ上げたのはボクが書類と呼んでいる貴族のマナーが書かれた教科書のようなものだ。もっとも、製本されている訳でもないし、たくさんの紙を紐で綴じただけなので書類と言うのが正しい気もする。
「『異世界転移を経験した魔王勇者のためのマナーの本』のコピーのことですか?」
「そう! なんでそんなにドンピシャな本があるんだ? マインが作ったならまだしもその本にマインがわかりやすくなるように色々と書き込んだものなんだろ?」
「ええ、私がマナーを学ぶ時に使っていた教科書(異世界転移を経験した以下略)とノートをまとめたものがそれですからね」
「……誰得なんだこれ?」
レンがあまりにピンポイントすぎる題名に混乱しているが、魔王が治めるこの国では「魔王」だとか「勇者」だとかをタイトルにつけるとよく売れるからこうなっているだけだ。
「まあ、パーティなどについてのマナーまでは出来ませんでしたがこの会談くらいなら大丈夫そうですね」
「じゃあようやく会談か」
「はい、張り切っていきましょうね」
マインが楽しそうに言うが学校にも行かず、5年間も(氷の中に)引きこもっていた自分に出来るかなぁ、と思うレンであった。
coming soon(なんか言いたかった)