第106話 神域
「それで、何でサリアとマインが戦ってるんだ?」
「ん? 自分の恋人が傷つけられてカチンときちゃった?」
「そんなわけないだろ。元々俺の事は好きだがそれはそれとして殺したいっていう思想の持ち主だぞ」
マインをしっかりと抱きしめながら言葉を紡ぐ。
「ただ、リハビリ代わりにどうかなってさ」
それを聞いてサリアが震える。
いや、嗤う。
「そうさ、そうとも、そうでないと!剣神も鬼神も争いの神、血湧き肉躍る戦の神。世界の調整などではなく戦いこそを生きがいとするものなんだ!ああ、楽しい、実に楽しい。戦場で生きてこその戦争の神だ。挑むものもなく、ただ停滞するだけの神などなんの意味がある。というかそっちの方がかっこいい!」
まるで爆発するように言葉を紡ぐ。
「結局自分で用意することになったけど、これで十分だよ。久しぶりに全力で戦える」
サリアが地面に剣を突き立て、手を打ち鳴らす。
そして夜が訪れる。
空の片側から光が失われていき、天が闇に覆われていく。
別に本当の夜になった訳では無い。その証拠に太陽は南の空で燦々と輝いている。
変わったのは空の色だ。先程まで青と白で彩られた空が墨で塗りつぶしたように黒くなっている。
そして突然太陽に被るように魔法陣が現れる。それに釣られたかのように小さな魔法陣がひとつ、またひとつと増えていく。
そして完成するのは満天の星空。
それは
「対軍用、いや、正確には対姉様用大規模魔法。神域だよ」
「これも『領域』の1つですか?」
「そうだね。と言っても星の半分を覆ってるけど」
「まあ、とりあえず殺せば終わるだろ」
レンがサリアの夜に対しての当て付けか太陽を、恒星を、幾つも幾つも作り出す。
「またまた出来ないことを言うね」
「やって見なきゃわからないだろ」
と、意気込んだレンだが結果は惨敗である。
無様にも倒されたレンはサリアの前にぶっ倒れていた。
「くそっ、何が起きたんだ?」
「え? 知覚出来てなかったの?」
「レン様はスキルの補助に頼ってるだけで実際は振り回してるだけですからね」
そういうマインは最後の一瞬を見ることが出来た。
「えーと、まずですね。レン様が放った太陽達は空から降り注いだ光の柱によって消滅させられて、その後にレン様の上の空に魔法陣がいくつか集まってレン様が倒れました。おそらく重力でも操作されたんだと思いますよ」
「お、正解」
さすがのレンも体が重くなっては動けないのかピクリとも動いていない。
まあ、普段の数十倍の重力がかかっているのだ。喋れるだけでもすごいものである。
「まあ、久しぶりにマインと楽しい戦いが出来たし一旦帰るよ。お大事にね」
とだけ残してサリアはスゥっと薄くなって消えていった。
「さあ、レン様、私たちのうちに帰りましょう」
「ああ、そうだな」
マインの手を借りてレンが立ち上がり、2人でログハウスに向かう。
先程の戦いでログハウス前の広場が荒れてしまっているので後で片付けなくてはいけないだろう。
だが、今は2人で語り合いたい。
今まで一方通行だった会話ではなく、キャッチボールとして成り立っている楽しい会話を。
───────────────────────
ベッドで寝ていたレンが突然起きた。
昨日は遅くまで話していたし、氷のベッドではなくふかふかのベッドなので寝過ごすかと思いきやとても早い早朝に起きた。
その理由はもちろんマインに関することである。
この5年間、日が昇ってない早朝にマインが出かけることが多くあり、気になっていたのだ。
そしてレンを起こしたのはメシアである。
本当にメシアは政治に戦闘に料理に目覚ましなどなんでも出来るお助けマンである。
「あ、マイ……」
外に出てすぐにマインの姿を見つけるが口を紡ぐ。
マインがいるその光景は名前を呼ぶのもはばかられるものだった。
「……こんな早朝にやってるのか」
マインがしていたこと、それは今までレンがしてこなかったもの、すなわち努力、鍛錬というものである。
どんなスキルでもメシアの補助によって戦闘に組み込んできたレンと違い、マインは手に入れたスキルを何度も何度も使い、試行錯誤を繰り返して自分の一部とする。
鍛錬を手伝ってくれているのはメシアだ。
メシアが剣を操り、空中に架空の敵を作り出す。そしてその剣相手に戦闘を繰り返す。
『領域』を作り出し、自分が出せる全力を叩き込む。
防ぎ、払い、弾き、蹴り、跳ねて、魔法で、様々な手法を駆使して剣相手に戦い続けていく。
「美しいな」
そんなマインの姿はレンを感動させるには十分なだけの美を持っていた。
その頬を伝う汗も、激しく戦闘したことによる肌の赤み、そして疲れた状態でも全く力を失っていないその瞳、その全てが美しかった。
レンのように神から加護を貰ったわけでもなく、アオイのように才能があった訳でもない。
ただ、自分が持つ驚異的な身体能力と、旅人から貰ったスキル、それらが持つ力を全部出し切れるように技術を高めた。
魔人、いや、鬼人族として生まれ、そして鬼となり、しかしなお傲慢にならず、常に全力で手を抜かずに戦う。
弱者として戦う強者。それがマインだ。
「よし、今日はこれくらいでいいですね」
メシア)いつもより短いですね。
「レン様が帰ってきましたから」
そのやり取りを聞いてレンが大急ぎで部屋に戻る。
マインの凄さを改めて感じながら。