第103話 起床
「さて、調子はどうかね」
「調子どうこうを聞く前にここがどこか教えてくれないかな」
そこはまるで地獄のような暗く、そして禍々しい所でそこに1人の男が玉座と呼べるほど豪華な椅子に座っていた。
そしてその男の前にレンは立っていた。
「なに、私の知り合いが起こしに行くというのでな。その前に君と話してみたかった」
「え? 誰? つか何を話すんだ?」
「私の名前はハーデス。冥府の王だ」
冥府の王ハーデスと名乗ったその男はその黒い目でレンを見る。
「さて、クレナイ レンよ。なぜ心を保っていられる?」
「どういうことだ?」
「あの氷の剣はヘルの剣だ。刺した相手の魔力を吸い取り、それを元にして強度を保つ、君ほどの魔力の持ち主なら身動き1つ取れなかったはずだ」
「確かに指すら動かなかったからな」
「その状態が数分や数時間ならまだマシだっただろうが5年だ。人間は五感が無い状態で数時間もすると心が壊れるらしい。それに比べて視覚と聴覚が生きているだろうが身動き出来ない状態では同じようなものだろう」
そして未だに理解ができていないレンに向けて同じことを問う。
「どうして未だに自我を保っていられる?」
「はぁ、まずはこの状況の確認をしてもいいか? 俺はまだ死んでなくて、ただ話したいことがあったから意識だけを連れてきたってことでいいか?」
「ああ、それで問題ない」
「それでさっきの質問だが。何も不思議はない」
「何故だ?」
「マインが毎日会いに来てくれたから、話しかけてくれたから、だから自我を保っていられる。そこに一欠片も疑問は存在しないだろう?」
「5年、君の4分の1の時間を動けないまますごしてなお、彼女を愛すると」
「もちろん」
「ははははは、それは良い。うむ、久しぶりにペルセポネを思い出した」
「デメテルの娘だったか?」
「よく知っているな。ザクロ食べるか?」
「その話を知っていて食べるやつはいないよ」
食べれば冥界から帰れなくなる冥界の食べ物をレンは食べる気は無いようだ。
「お、氷を溶かせたみたいだな」
「そういえばいつ帰してくれるんだ?」
「そうだな。もう聞きたいことは聞けたし元の体に戻すよ」
レンの体が薄くなって消え始める。
「君がここに来ないことを願っておくよ」
「死ぬつもりはこれっぽっちもないよ」
レンの体が完全に消えた。
「しかし恐怖心がないか、それはいい事なのかな」
そういったハーデスの周りには溶けていたり燃えていたりと苦しむ死人達が散乱していて、部屋の門番としてケルベロスも待機している。
恐怖を感じないということはこれらを見ても何も感じないということで、危機感も感じられないということでもある。
「だからこそあの姉妹は選んだのだろうな」
───────────────────────
「っと、本当に氷が溶けたみたいだな」
レンが5年前と同じ服装のままそう呟いた。
「というか暑っつい。今夏なのか?」
そして夏真っ盛りなこの時期にマントまで装備した服装は暑いのか大急ぎで着替え始める。
「さて、まずはマインたちに報告しに行かないとな」
と、レンが部屋を出る前に黒い穴が現れる。
「?」
今まで1度も見たことの無いそれを見てレンが首を傾げる。
「レンくん、起きたんですね…」
「うおっ、アオイかびっくりした」
その黒い穴から突然アオイが顔を出して、レンに声をかけてきた。
「しかし、こんなもの使えるようになってたんだな」
「ゲートのことですか?」
「ゲートっていうのか」
アオイが顔を出している黒い穴に手を入れたり出したりしながらレンが会話を続ける。
「っで、何でそこから出てこないんだ?」
「えっと、今内政中なのでさすがにここから離れるのは無理そうなんです…」
「そういえば、この国の政治はアオイが担当してたんだっけ」
「そうですよ。どうやら外にマインも居るようですし、早く会いに行ってあげてください…」
「そうだな」
アオイが引っ込み、レンがリビングを出てログハウスの玄関にある扉を開ける。
「マイン!」
「れ、レン様?」
マインが突然現れたレンに驚く。そして握った剣を前に投げてレンの元に駆けてくる。
「──っ、レン様、帰ってきたんですね」
「ああ、帰ってきたよ」
泣きながらレンに抱きつき、レンの胸に顔をグリグリと押し付ける。
5年間眺めてきた可愛いマインに触れられることに感動しながらもマインを抱きしめる。
「おかえりなさい、レン様」
「ただいま、マイン」
顔をあげたマインが顔を近づける。
その口付けはほんの少し、ほんの少しだが血の味がした。