第102話 魔の森にて
「はあ、しかし面倒臭いですね」
「そんな事言うなよ、団長」
団長と呼ばれた少女、マインは騎士を幾人も引き連れながら魔の森を探索していた。
「でかい熊がいたんでしたっけ」
「それを殺したら帰れるんですからがんろうぜ」
はぁ、と大きくため息をついてマインが手を地面につける。
「右ですね」
「ほーい」
先程からマインと喋っていた騎士が槍を右の方向に投げる。
「グラァァァァァァァァ」
「お出ましかい」
「でかいですね」
右の茂みから現れたのは体長7メートルを超えるクマだ。
だが全く動揺していない。
「じゃ、いつも通り行くぞ」
「「「はい」」」
突然騎士の中から4人が飛び出してクマに攻撃を仕掛ける。
一瞬のうちにクマの元まで駆け寄り、足や手などの先に集中的に攻撃を当てていく。
そしてクマが倒れたところで騎士がトドメを刺す。
だがいつもとは違う最後になった。
すなわち
「どうしてお前が殺すのかな? 新入りくん」
新入りと呼ばれた騎士がクマに刺した剣を抜いてマインに向ける。
「団長は『人斬り』ですよね」
「そうだぞ」
「何故『人斬り』が騎士をやっているのですか。騎士とは人々を守るものです。『人斬り』みたいな悪人がやることじゃない」
「おいおい、この中で1番強いのは団長なんだ。昔何をやったかは関係ないんだよ」
「私たちだけで守れます」
すると今まで黙っていたマインが口を開く。
「あなたにとって正義はなんですか?」
「私にとっての正義は人々を守り、悪を斬る者のことですよ」
「そうですか」
「まさかあなた自分が正義だとか言うんじゃないですよね。7年前、王国の様々なところで何十、何百人と殺し回ったあなたが。……あなたは正義などではない。ただの化け物だ」
貶されているはずなのにマインは笑っている。
「私は騎士の手によって両親を殺され、人間の盗賊の手によって恩師を殺された。だから騎士や人間を殺し回った」
「それが間違ってはいないとでも?」
マインが首を横に振る。
「自分が正しいかなんて誰にもわかりませんよ。誰かに肯定してもらわないとそれが正しいかどうかわからない。でも」
そうだとしても、と、マインが続ける。
「私は自分の正義を最後まで信じていたい。私は私のやった事に悔いはないし間違っているとも思いません」
「何もしていない民を! 何の罪もない民衆を殺すことが正しいというのですか!」
「ええ、もちろん」
マインがクマを指さす。
「あのクマはまだ誰も襲っていません。でも襲いそうだからという勝手な決めつけによって殺されたのです。でもそれは悪いことじゃない。
本当に悪いのは弱いこと、負ければそれで終わり、死んだら終わりなんです。勝って生きている。それが正義なんです」
「……弱ければ悪と。弱者は罪だというのですか!」
「いえ、負けて死ぬことが罪なのです。自分が弱いのなら工夫すればいい。強者に出くわさないよう隠れたり、強者に守ってもらえばいい。何もせずに誰かが守ってくれる。正義が守ってくれる。そんな考えを持つことが悪なのです」
そしてマインはキッパリと言い切る。
「正義を盾にして何もせずに覚悟も決めずにただただ間違ってはいないだとか自分は正しいだとかの言い訳で自分を守るのは最低のクズですよ」
ギリ、と、新入りが噛み締める。
「……あなたが」
「?」
「あなたが弱者の側でもそれが言えるのですか!」
「いいえ」
予想もしていなかった返事に新入りが言い淀む。
「確かに私が弱者の側なら思いつきもしない考えでしょうね。でも」
『今の私は弱者でなく、そしてそんなこうあったらいいな、なんて言う現実逃避は弱者だけがすることです。だいたいそんなものに縋る暇があるならクソッタレな現実をぶち壊した方が早いと思いませんか?』
恐怖に震えながらも新入りが口を開く。
「弱者に機会はないのですか」
「ありますよ。強者を奇襲して殺してしまえばあなたが強者です」
聞く時に既に思いついていた解を与えられ覚悟が決まったのか新入りが剣を力強く握りしめる。そして斬り掛かる。
「ですが、人を斬っていいのは斬られる覚悟があるものだけですよ」
マインが腕を振るい、新入りの腕を吹き飛ばす。
「ぐああああああ、腕が、腕がああああああああぁぁぁ」
「うるさいですね」
マインが新入りに近づき新入りの額に頭突きを決める。
「この程度で泣きわめくな! まだ左腕も動くし足だって動く、それだけあれば人ひとりくらい殺せるだろう! 武器がないなら素手で、腕がないなら足で、足がないなら歯で、それだけの覚悟がないのならこちら側の世界に来るな!」
あまりの気迫に新入りが静かになる。
「行きますよ」
それだけ言い残してマインが王都に向かって歩いていく。
「はぁ、散々だったな。まあ、あれがうちの団長で、あれだけのことが出来るから団長なんだ。その傷ならアオイ様が治してくれるからさっさと戻るぞ」
心ここに在らずな新入りに簡易的な止血を施して方を貸しながら街へと歩き出す。
「しかしカッコイイなうちの団長は」
確かにかっこよくなったね。