表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ

一話じゃ納められなかったよ・・。

「誕生日おめでとう!アンジェリカ!!」


 そう言って満面の笑みを浮かべるのは、スパルタン家の現当主、パパイラス・スパルタン。年齢は35歳と当主にしてはまだ若く、その上オールバックに整えた髪と同じ赤い色の瞳に、白い歯がキラリと眩しい美丈夫であるため、結婚した今でも貴族のご婦人方に大人気だ。


「貴女ももう六歳になったのね・・時の流れは早いわぁ。」


 そしてその妻、マミア・スパルタン。黄緑色の髪はゆったりとカーブを描いて豊かな胸元まで落ち、垂れ目の下の泣きぼくろが色っぽいおっとり系美人だ。こちらもまた男性人気が非常に高い。そんな彼女はしんみりとした表情でそう呟き、ハンカチを取り出す。彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ありがとうございます!!お父様!!お母様!!わたくしもとっても嬉しいですわ!!」


 そして、そんな二人の間に産まれた娘こそこの私、アンジェリカ・スパルタンです。


 私は本当にこの日をとても楽しみにしていました。それは、今日が誕生日で美味しいケーキが食べられるからという理由だけではありません。六歳の誕生日というのは、貴族の子供たちにとっては何よりも特別な日なのです。


「ねえ、お父様。わたくし、今日本当に魔法の適正を視てもらえるんですよね!?」


 私は、キラキラと期待を込めた瞳でお父様を見上げます。そんな私に、お父様は優しく微笑んで「・・ああ、勿論。後で魔水晶を持ってくるよ。」と言うと、頭を撫でてくれました。お父様の手は男性らしくゴツゴツしていて固いけれど、掌から感じるぬくもりが暖かいです。私は、自分の顔が自然と緩むのを感じました。


-この世界には、魔法と呼ばれるモノが存在する。魔法は、貴族だけが使うことが可能で、貴族なら六歳の誕生日を迎えたその日に必ず魔法の適正を視るようになっているのだ。

 ちなみに、魔法にはさまざまな種類があり、まず基本となる四属性が、『火』・『水』・『土』・『風』。その上位にさらに四つの魔法が存在し、その四つは『雷』・『氷』・『光』・『闇』。

 しかし、それらのどの属性にも属さない魔法も存在する。『音魔法』や『転移魔法』と呼ばれるモノがそれにあたり、それらはまとめて『特殊魔法』と呼ばれる。

 そして、最後・・100年に一度現れると言われる『聖女』だけが使うことが出来ると言われる『聖魔法』。

 また、前述した魔法の全てに、『レベル』という強さの概念が存在する。レベルは、1から10まで存在し、同じ火魔法の使い手でも、レベル10の適性を持つ者はレベル1の者とは比べものにならない強さを持つのだ。

 ちなみに、アンジェリカの父、パパイラスの持つ魔法は『火魔法レベル8』、アンジェリカの母マミアの持つ魔法は『風魔法レベル7』でどちらもなかなかの魔法の使い手である。

 貴族の間では、強い魔法を持つほど高い地位が約束され、逆に持つ魔法が弱ければ、最悪の場合家を追い出されることすらある。

 そのため、六歳の誕生日に行われるこの適正検査は、貴族の子供たちにとって何よりも重要なものなのだ。


 さて、話はスパルタン家の誕生日パーティーに戻り、そこでは今まさに、父パパイラスが持ってきた魔水晶に緊張した様子で手をかざすアンジェリカの姿があった。



「ふふふ・・。アンジェリカの適性は一体何かしら~?私と同じ、風だったらいいわねー。」


「何を言っているんだマミア。アンジェリカは私と同じ火の適性があるに決まっているだろう。」


 後ろでお父様とお母様が話している声を聞きながら、私、アンジェリカ・スパルタンはおそるおそる魔水晶をのぞき込みます。お父様が話してくださった通りなら、魔水晶が魔法のレベルの高さに応じて光った後、自分の魔法の属性が表示されるはずです。

 しかし、いつまでたっても魔水晶は光りません。もしかしてやり方が悪かったのかしらと思い、手を引っ込めようとしたその時、魔水晶に文字が浮かび上がってきました。私は、期待と不安が混じった気持ちで、その文字を確認します。

 そこには、辛うじて見えるくらいの薄い文字で、こう書かれていました。


『アンジェリカ・スパルタン:魔力適正なし』


 魔力適正、なし・・?私は、一瞬この言葉の意味を理解することが出来ませんでした。頭が理解することを拒んだのです。

 しかし、一呼吸置いてもう一度魔水晶を見つめても、そこに書かれた文字が変わらなかったことで、私はようやくこの事態を理解し・・そして、あまりのショックに気を失って倒れてしまいました。



 私は、倒れている間に夢を見ました。しかし、それは夢と呼ぶにはあまりにも現実感があるモノ。夢の中で、私は『日本』という国にいるようでした。

 『日本』という場所で、私は赤ちゃんの頃から徐々に成長していき・・そしてその夢は、私の住んでいたマンションが地震で崩壊したところで唐突に終わりました。


 

 誕生日の翌日、ようやく目を覚ました私は、この世界が『聖女伝説2』という乙女ゲームの世界であることに気付きました。

 私が何故そのことに気付いたかと言うと、夢の中で私がやっていた乙女ゲーム、その登場人物の一人に、私の名前があったからです。

 それだけの一致なら偶然だと笑い飛ばすことが出来ますが、そのゲームに私の両親の名前、さらには私の婚約者である第一王子と名前だけは伺っている第二王子の名前も出ていれば、流石に偶然で片付けるわけにはいきません。


 さて・・この世界が『聖女伝説2』の世界であるならば、一つ大きな問題が出てきます。

 それは、そのゲームにおいて、この私、アンジェリカ・スパルタンはヒロインであるルルーシュ・ポルカをいじめる悪役令嬢であり、彼女は最終的には婚約者だった第一王子から、魔法学校の卒業式のその日に婚約破棄を言い渡されるのに加え、魔法適性がないことまで大勢の貴族の前でばらされて、婚約者どころか貴族の身分まで失い、最終的には川に飛び込んで自殺してしまうということです!!

これは最も人気のある第一王子のアズリエル・ルミエール様のルートの話ですが、他の攻略キャラクターのルートにおいても、アンジェリカ・スパルタンが貴族の身分を失って自殺してしまうところだけは変わりません。騎士団長の息子であるミカルダ・サンシャイン様のルートにおいては、アンジェリカは全くヒロインであるルルーシュとの関わりがなかったにも関わらず、エピローグでさらっとアンジェリカが自殺したと語られます。

 ・・夢の中ではなんとも思わずにゲームをプレイしていましたが、これが自分の話となるとしゃれになりません。このゲームの制作者は誰ですか!?何で私をそんなに殺したがるんですか!?

 まあ、確かにゲームにおける私、アンジェリカ・スパルタスはプライドが非常に高く、男爵家の娘であるヒロインを見下し、いじめまくるまさに悪役令嬢と呼ぶに相応しいキャラクターですし、実際私が死んでせいせいしたプレイヤーさんたちもたくさんいたことと思います。見た目的にもちょっとぽっちゃりしていて完全にヒロインの引き立て役でしたしね・・。


 ・・どうしましょう。私、このままだと魔法学校の卒業式の日に婚約破棄を言い渡されて死んでしまいます!!因みに、魔法学校とは貴族の子供たちが十六歳になったら必ず入る学校であり、この学校に入学しないという選択肢はあり得ません。

 ゲームの中のアンジェリカは金を使って学校の上層部を取り込むことで何とか自分が魔法が使えないことを隠していましたが・・。私にはそんなことをする度胸もありませんし、そもそも隠したところで最終的にはバレてしまうのでは意味がありません。

 私が自室のベットで絶望しかない未来に途方に暮れていると、コンコンとドアをノックする音と共に、「アンジェリカ、大丈夫かい?」と心配そうな顔をしたお父様が部屋の中に入ってきました。


「お、お父様、わ、私・・。」


 私は、お父様の姿を見て思わず涙ぐんでしまいました。それぐらい、私の胸の中にある不安は大きなモノだったのです。

 しかし、なかなか次の言葉が出てきません。今はこんなに優しく私に接してくださるお父様ですが、ここで私が突然この世界はゲームの世界なのだと言ったら途端に気味悪がられるかもしれません。そのことが何よりも怖かったのです。

 そんな私の心を見透かしたかのように、お父様はその大きな手を私の頭の上に乗せると、いつものように優しく撫でてくれました。


「・・アンジェリカ。お前の顔を見れば、お前が何か私にも言いにくいような悩みを抱えていることは分かる。だが、私はお前の父親だ。お前の抱える悩みを背負う覚悟など産まれてきたばかりのお前を初めて見たときからとうに決めている。さあ、遠慮せずに話してごらん。」


 お父様のその優しい言葉に、私は胸の中の不安がすうっと溶けてなくなるのを感じました。そして、私は覚悟を決めてお父様に全て打ち明けることにしたのです。

 この世界が『聖女伝説2』というゲームの世界であること、魔法学校の卒業式を迎えた日、婚約者である第一王子から婚約破棄を言い渡されてしまうこと、そして・・私は魔法が使えないこと。

 それら全ての話を聞いたお父様は、「なんということだ・・。」と頭を抱えてうなだれてしまいました。その反応に、やはりお父様に頭がおかしい娘だと思われ幻滅されてしまったのかとまた不安がわき上がってきましたが、その不安はお父様の次の言葉でかき消されてしまいました。


「何という奇跡だ!!まさか、私の娘も(・・・・)前世の記憶を持っているとは思わなかったぞ!!」


 ・・え?今お父様はなんと仰いましたか?その言い方だと、お父様もこの世界がゲームの世界だと知っているということに・・。

 しかし、私がそのことをお父様に問いただす前に、お父様は興奮した様子で部屋を飛び出して行ってしまいました。


「マミアーー!!大ニュースだ!!アンジェリカも私たちと同じ(・・・・・・)、転生者だったんだ!!」


 お父様がそう叫ぶ声が聞こえてきます。え?私たち(・・・)?つまりそれって・・ええええええ!?


 この世に生を受けて六年。両親の衝撃の真実を知った私は、思わず淑女にはあるまじき叫び声を上げていました。


 その数秒後、お父様とお母様が私の部屋にやってきました。二人とも、興奮しているのか息が荒いです。


「まさか、アンジェリカも私たちと同じ転生者だったなんて!?私たちが再びこの世界で出会ったことといい、やっぱり運命だったのよ!!」


 いつものおっとりとした雰囲気を消し、興奮するお母様が語ったことによると、お父様とお母様は私と同じで『日本』という国で生きていた記憶があるそうなのです。そして、お父様とお母様は日本でも夫婦だったとか・・。道理でラブラブな訳です。


「私たちもこの世界が『聖女伝説2』の世界だということには気付いていたんだよ。なんせ、夫婦揃ってはまり込んだゲームだったからね。」


 お父様は、そう言って私に優しい視線を向けます。その視線に、私は全てが杞憂だったことを悟りました。


「・・それでは、私が魔法を使えないことも最初から知っていたの?」


「・・ああ、知っていた。隠していてすまない。だが、このことをお前に知らせたら、お前が傷つくと思ってな・・。」


 お父様のその気持ちは理解できます。実際、私は自分の適性が分かる六歳の誕生日をとても楽しみにしていましたから、お父様たちも複雑な心境だったのでしょう。

 

「いえ、お父様が謝られることはありません。お父様は何も悪くないのですから・・。」


 私がそう言うと、お父様は真っ赤な瞳を潤ませてお母様の胸を借りて男泣きし始めました。


「うおおおお!!!わ、私の娘はなんて良い子なんだ・・。父は・・父は世界一の幸せ者だぁぁぁぁ!!」


 しばらくおいおいと声を出して号泣していたお父様でしたが、お母様に「もー、いい加減泣き止みなさいよ。まだ大事なことをアンジェリカに話していないでしょ?」と耳元で言われ、ハッと一瞬で泣き止みました。


「そうだ!!まだ一番大事なことを話していなかった!!私としたことがうっかりしていたよ!!・・ありがとう、マミア。」


「どういたしまして。うふふふ♡」


 ・・あのー、娘の目の前でイチャイチャしないでください。目のやり場に困ります。でも、そんなこと言いつつ指の隙間からちらっと見ちゃいます!!キャー!!です。


「・・コホン。気を取り直して。大事な話というのはな、アンジェリカ、お前の魔法のことだ。」


 先程までイチャイチャしていたお父様が、咳払いと共に表情を切り替えます。真面目な話に変わった雰囲気を察して、私も背筋を伸ばしました。


「私たち夫婦は、お前が魔法を使えないことを知っていた・・もしかしたら魔法が使えるかもしれない可能性も考えていたが、万が一使えなかった場合、お前にとってかなり困難な道が待っていることだろう。唯でさえ、お前にはゲーム内で死亡エンドしかないのだからな。・・しかし、愛する娘を死なせるわけにはいかない。」


 お父様のその言葉に、私は目頭がジーンと熱くなるのを感じました。この二人の娘で良かった・・。心からそう思いました。


「そこで、私たちはある最強の策を考えたのだ!!その策というのは・・ずばり、身体を鍛えることだ!!」


「か、身体を鍛える?それは一体どういうことなのですか?お父様。」


「アンジェリカ、お前も、『聖女伝説2』には魔法以外に攻撃力、防御力などの基礎ステータスが設定されていることは知っているだろう?」


「はい、勿論です!!」


 お父様が仰ったように、『聖女伝説2』は、乙女ゲームでありながら、攻撃力などのステータスが各キャラクターごとに細かく設定されているのです。

 このステータスは、攻略対象者の男子と一緒に魔物を狩りに行くクエスト(成功することで好感度が上がる)や、魔法学校で定期的に開催される武闘大会(これまた上位に入賞するほど好感度が上がる)、そしてラストシーンの魔王討伐(ここで魔王を倒せなければトゥルーエンドが見られない)などの大きなイベントにおいてかなり重要なモノです。

 そのため、『聖女伝説2』はファンの間では『乙女ゲームの皮を被ったRPG』などと呼ばれることもあるくらいです。


「アンジェリカ、お前は確かに魔法が使えないかもしれない・・しかし、それなら、魔法なんか使わなくても強くなればいいだけの話なのだ!!私とマミアの二人で考えたこの完璧な策・・その名も、『魔法がないなら、物理で殴ればいいじゃない』だ!!」


「さ、流石ですお父様!!私、なんだか希望が持てました!!今から頑張って身体を鍛えていきます!!」


 私は、目から鱗が落ちる思いでした。なるほど、魔法が使えないなら、物理を極める・・至極単純な話です。どうして今まで思いつかなかったのでしょうか!?

 私は、この日から、毎日欠かさず筋力トレーニングを続けることを決意したのです。



-さて、勘のいい読者なら既に気付いていると思われるが、実はこの策、根本的には何も解決出来ていない。しかし、スパルタン家の皆は揃いも揃って皆・・恐ろしいまでの天然であった。


 ただ、ここでスパルタン家の者たちにとっては嬉しい誤算があった。それは、アンジェリカには天性の格闘家としての才能があったということだ。父親から身体を鍛えろと言われたその日から、毎日休まず身体を鍛え続け、時には山に籠もって魔物相手に修行を重ね、アンジェリカは心身ともに強くなっていった。


-そして、あれから十年の時が過ぎ、アンジェリカはいよいよ魔法学校へ入学することとなったのであった。


 

ハッピーバースデートゥ-ミー!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ