第二話:風の通り道
それは一瞬の出来事だった。
正直メルシーに言われるがままに放ってしまったのだが、狙いは正確に相手の機動の要である馬に絞った。追いかけさせるのを妨害するのが目的なのだから、その狙いは正しいだろう。四人中三人の馬は、突然の奇襲に甲高い悲鳴をあげ怯えてしまい、制御しきれず振り落とされた。
しかし、残った一騎は風による威嚇をものともせず、猛然と聖に向って疾走していた。この一瞬で即座に、聖を敵として認識したようだ。騎士の敵意と殺気が、怒気と混じりあい完全に聖に向けられている。
聖と騎士の一騎打ちだ。
「貴様!我らを誰だと心得ている!!邪魔をするのなら、子供でも容赦せんぞ!道をどけろ。」
騎士が怒鳴り声をあげた。声に異様な迫力がある。恐らくそれは実戦に裏打ちされた自信なのだろう。手には先ほど声を張り上げると同時に抜いた大剣。兜の狭間から見える険しい眼光は、決して見せかけではない。
「怯むなよ聖。こういうのは怯えたら負けだ。もう一度、意識を集中。」
「…了解。」
騎士の渾身のひと振りは、もう目前に迫っている。
(イメージは…高くて硬い金属…)
「竜樹の太刀風!」
聖は騎士のひと振りがぶつかる寸前で、冷静に唱えた。
驚いたのは騎士だった。振り落とす寸前、確かに手加減はした。だがそれは、単に殺しはしないように、確実に戦闘不能、最悪致命傷でも構わないという考えの下での一撃だった。
その一撃が、自分には見えない何か…によって弾き返された。そのうえ、堅固な鎧で覆われた体が、乗っていた馬ごと思い切り吹き飛ばされた。衝撃に耐えきれずに、馬ごと地面に転ばされた。この男にとって、今の自分の現状が信じられなかった。たがその瞳は、よく晴れた空しか写さず、顔を右に向けると、馬が倒れていた。
それと同時に自分を取り戻し、痛む腰の悲鳴を無視してすぐに立ち上がった。
男の顔が、驚愕と恐怖で思い切り引きつり、酷く歪む。
(あり得ん…精霊使いなんてもんは、今まで散々見てきたが格が違う。恐らく…あの一瞬で強固な風の盾をつくりあげた。半端な盾で俺の一撃を防げるはずがない。しかもあれは、言霊…なのか…言霊に似てはいるが、言霊とはあんな一言で発動できるようなシロモノじゃないはずだ)
「お前は一体…」
喉から絞り出すように出した声だ。もっとも、呟いた時にはさっきいた少年の姿はなく、まるで夢でも見ていたかのような、そんな虚しさが胸に残った。
「隊長!!今のは一体……」
隊員の心配そうな声が後ろから聞こえてくる。隊のリーダーたる自分が、いつまでも放心しているわけにもいかない。圧し掛かる責任と使命の重さで、己の心を震わせた。
「すぐに追いかける!!行くぞ!」
「…馬が怯えてしまい、すぐにはとても…」
「ッツ。くそったれ。」口の中で舌打ちし、忌々しい先ほどの少年の姿をもう一度思い浮かべながら、地面を蹴り飛ばした。
…すみません。忘れた頃にこられてもって感じだとは思うのですが…ちょくちょくこれから更新します。完結させたいと思ってます。
暇つぶしにでも読んでもらえるとありがたいです。