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今までに感じたことの無い、力の痕跡を辿ってようようとある岬が見えて来た。果たしてその先に輝くばかりに美しい姿が佇んでいる。すらりと伸びた背筋。背のほとんどを覆う髪は金の滝の様だった。それは一の神を思い出させた。その人物は熱心に水平線の一点を見つめていたが、ルーディンの気配に気づいたのか近づく前に振り向いた。
「ルギオン。ここで何をしている?」
苦々しい口調のルーディンに対してルギオンは艶やかな微笑みを返して来た。天使族のこういう曖昧なところがルーディンは苦手だった。
「魔王殿。久方ぶりでございます。捻れたツノや黒い翼は今日はお持ちでは無いのですか?」
「それはラスフィオーラが気まぐれに作った仕様だ。俺には関係無い。それよりお前は魔界に堕天したはずだったが、俺の記憶違いか?」
「それはそうなのですが、探していた物がようやっと見つかりまして、受け取りに来たところです」
「……」
「そうやって自由に人界へ出入りするなって言ってるんだよ」
いつのまにか現れたジャスパが話に割り込んでくる。傍に黒髪を風に靡かせてドーラも現れている。
「これは中の神のフェーンですね。いや魔王になられてからはその呼称は使わないのでしたか」
「そんな事はどうでもいいだろう!?」
気色ばむジャスパを制して、ルーディンはルギオンに問いかけた。
「こんなところで、一体何を探しているんだ?人界にお前の欲しい物など何も無いだろうに」
「それがたったひとつあるのですよ。天界も神界も冥界も探しましたが、見つからなかった物がここ人界に」
「冥界?まさかその為に堕天したのか?」
「その為だけではありませんが、目的の一つではありました」
その時、彼方の海上に光の輪が広がるのが見えた。同時に真っ白い巨大な翼が現れたのをルーディンは見た。
「お前、翼はどうした?」
「貴方がた神々(フェナ)は自然界に絶大な影響力を与える事が出来る。お陰で秘密裏に海王の支配する海の彼方へは行く事ができなかったのですが、代わりの者を使う事で海を渡る事が出来ました」
「傀儡を使ったのか?そこまでして、何を企んでいる?」
「企むとは随分な言い様ですね。私は私の為すべき事をしているだけです」
ルーディンにはその氷の様な美貌に微かな悲しみの様な物が映った気がした。その時、巨大な何かが海の彼方に顕現した。
「ドラゴンラジェール。龍さえも統べるもの」
彼方を見やる魔天使ルギオンの呟きに、しかし魔王ルーディンと言えども海上を自由に渡る事は出来なかった。