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 戦況が長引きそうだとの知らせを受けて、ファナギーアは私室へと戻って来ていた。海側へと開けた窓に近寄ると、微かに硝煙の臭いが鼻腔をついた。晴れた空の陽はやや陰り、午後の気配を運んて来ている。普段であれば穏やかな湾岸の景色が広がっているはずだったが、今は夥しい船でベリア湾は埋め尽くされていた。どの船にも自国の民が乗り組み、その身を呈して戦っている事がファナギーアに重い胸の痛みを感じさせていた。老アーディは心配無用と言っていたが、実際にはどの様な状況なのだろうか?目を凝らして見ても、船と煙に覆われた海はファナギーアに何の安心も与えてはくれなかった。

 その時、揺れにも似た巨大な力の発生と、大きくしぶきを上げる海面にファナギーアは一瞬怯んだ。その中心には巨大な翼が陽炎の様に立ち上っていた。

「なんじゃ……あれは」

 同心円を描いた、その不可思議な力の技は室内の紗布をいくらか揺らしている。カタリと背後で物音がした。不審に思ったファナギーアが振り向いた先にはエトワールが一人立ち尽くしていた。

「どうしたのじゃ?そなたは戦いが嫌いじゃったな。不安であれば側へ来よ」

 ファナギーアの手招きに、呼ばれる様にフラリとエトワールが歩き出すのを見て、ファナギーアは再び窓外に目をやった。今の衝撃で幾叟かの船が犠牲になったのが見て取れた。

「何と無残な」

 顔をしかめるファナギーアが背の痛みに気づいて振り返えろうとした時、その背には深々と短剣が突き立っていた。

「そ……なた」

 不思議そうに問うファナギーアの目から急速に生気が失われていった。その体が崩れ落ちるのを抱き止めて、初めてエトワールは正気づいた様に目を大きく見張った。

「陛下!陛下!何……が。陛下!しっかり」

「エ……トワール」

「喋らないで。血が、どうして?俺……が……?」

 自分自身の手が血塗れな事がエトワールを混乱に落とし入れていた。今、何をしたのか記憶はあるものの自分自身が何故その様な事をしたのか、理解出来ないでいた。

「もう、よ……い。これであの人の……ところへ行ける」

「だ……めです。こんなところで。エディラ様を一人残して……」

「エディラ……」

 ファナギーアの胸に一瞬、行方不明の娘の事がよぎったのかどうか。答える前にファナギーアはこときれていた。

「あ……」

 エトワールは流れる涙を抑えもせずに、ファナギーアの体に取りすがっていた。

「俺はなんて事を……大恩ある陛下を、自らの手にかけてしまったのか……?」

 その時、どこからか一枚の白い大きな羽が目の前を舞い落ちていくのに気がついた。その羽を最初に見たのはナイジェルニッキの船だった気がする。

「カイ……」

 あっとエトワールは何かに気づいた。そうだ、ナイジェルニッキが自分に何か仕掛けていた様な気がする。エトワールは羽を強く握りしめた。その体が白い陽炎に包まれていった。


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