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「来たか」
目の前に立つゲオルグにクルゼンシュテルンは手にした剣を鞘走らせた。敵船の只中に一人で立つゲオルグの片目に恐れはない。その構えた剣先はまっすぐにクルゼンシュテルンを指していた。
「殿下はお下がりください。ここは私が」
「そうか」
興味もなさそうにナイジェルニッキは一歩下がった。他の船員達もすでに遠巻きにしている。
「傷はもう良いのか?まぁ加減はしないがな」
「それは有難いこった。しかし、もう大した事はない。こちらには赤い女神様が付いているんでな」
最後の言葉は周囲の船員達に向かって発せられたものだったが、効果は抜群だった。迷信深い彼らは、すでにエディラの姿を見てそれと気づいていたからだ。そして言うが早いが、全体重を載せて打ち込んだゲオルグの剣をクルゼンシュテルンは真っ向から自らの剣で受け止めた。ギリギリと刃こぼれしそうな力の押し合いにお互いの顔が目の前だった。
「これ以上は進ませない。さっさと出て行け」
「そうは行かぬ。まだ我が君の目的が果たされておらぬからな」
「そんなものとうに泡と消えている」
「それはどうかな」
次の瞬間お互いにやや後方に飛びすさり、次の体勢を整える間も無く打ち込みと同時に激しい剣戟が繰り返されていた。周囲は砲撃戦の最中にここだけは別の時間が流れている様だった。
「突っ込めーーーー!!」
<我が女神号>が船首を真っ直ぐにナイジェルニッキ達の乗る司令船に突っ込んで来たのはその時だった。衝突の衝撃を予想して、船員達は甲板に身を伏せていた。そして激しい衝撃の後、<我が女神号>は船首を司令船のやや後方船腹にがっちりと食い込ませていた。
「馬鹿め!あのお姫さんを生け捕りにしろ!」
ハインガジェルは素早く体勢を整えると、周囲の船員に合図をした。彼らとしても赤い魔女の呪いよりは目先の自分たちの生き死にの方が大事だったのだ。船員達は手に手に得物を持って<我が女神号>に乗り移って行った。エディラを捕らえる事がこの戦いを有利に進められると承知したのだった。
「乗り込んでくるぞ!応戦しろ」
「あの人数は厳しいぞ」
士官候補生達は乗り込んでくる船員達と対峙する形になった。