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 城壁へ上がると風が一層強く感じられた。城は山肌から張り出して作られていて柵など無い場所のためか、下を見下ろすと吸い込まれて行きそうで、ソルランデットは後ろに一歩下がりたい衝動をぐっと堪えていた。ベリア湾一体が眺められるここからは戦況も手に取るように分かるのだった。歴代の城主が敵を駆逐するために見た景色と同じだと思うとソルランデットの気持ちは高ぶり、自然と震えだしそうになっていた。それに気づいているのか後ろにぴったりミルチャーが寄り添っているのを感じる。

(下がるなよ、ソル。下がるなよ。何だってこんな事になってるんだよ。お館様が今すぐ戻ってきて、何とかしてくれないのかよ)

 ミルチャーの視線は湾中央部に位置する、<金獅子>に痛いほど注がれている。微かにソルランデットの震えも感じられていて、この一幕がこの先のソルランデットにどのような影響をもたらすのか、ミルチャーにも予想がつかなかった。

「援軍です!」

 兵士の言葉に湾の外を見晴るかすと、点々と船がこちらに向かって来るのが見て取れる。しかし、外洋から現れた船は個々に戦線を展開するために、戦果を上げる事無く沈められていく。城壁の上の兵士達から悲しげな声が漏れる。

「ミルチャー……」

「お前は命令を下すだけでいい……本当に良いんだな?」

「……」

(僕にそんな大それた事が出来るんだろうか……勇気を、ください。紅い女神様!)

 やや迷いのあるソルランデットが回りをそっと見回すと、大砲と共に整列した兵士達が期待に満ちた目をこちらに向けているのが見て取れた。少なくとも、この決断に異を唱える者はここにはいないようだった。

「あ!」

 その時、ソルランデットは援軍の中に<我が女神号>を見つけた。元々はシスヴァリアス家の私艇として建造されていたため、ソルランデットやミルチャーも何度か乗った事がある馴染みの船だった。

(あそこには兄様がいるのかな?)

 演習航海から後、家に戻らないゲオルグの事をソルランデットは何も聞かされていなかった。

(このままだと兄様も討たれてしまう……僕が何とかしないと)

 遂にソルランデットの気持ちが固まったのをミルチャーは感じ取り、後ろに控えている砲手長に合図する。直ちにその合図が全員に伝わっていく。一度だけソルランデットはごくりと唾を飲み込み、一呼吸で命じた。振り上げられたその手は真っ直ぐに敵指令船を指している。

「撃て!」

「指示弾撃て!」

 直ぐに砲手長が復唱し、城壁に並べられた大砲の中でも一際長い砲身を持つ砲が火を噴いた。その弾道は弧をほとんど描かずに、真っ直ぐに湾外目指して放たれた。狙いは過たず攻防が行われている船々を飛び越えた先の敵陣の中まで届いていた。そして、その弾は海面に着水する直前に破裂して、強い光を放って消えた。驚いてミルチャーを振り返ろうとしたソルランデットにミルチャーは後ろから囁いた。

「僚船への砲撃開始の合図だ。耳を塞ぐぞ」

 そのままミルチャーは両手で強くソルランデットの両耳を塞いだところで、次々に砲撃が始まりソルランデットの耳はミルチャーの手の中でさえ轟音に塞がれていた。

(ここからお前の武勇伝が始まるんだ。きっとお前は強くなる)

 ミルチャーは砲火の煙に見え隠れする姿を目に焼き付けるかの様に見つめ続けていた。

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