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部屋の外での騒ぎが室内まで届いている。いつの間にかソルランデットが服の裾を掴んでいるのに気づいたミルチャーは掴むに任せていた。誰かが騒いでいるのを衛士が留めているようだった。
「ミルチャー……」
ソルランデットが口を開きかけた時、両開きの扉が強い力で押されたのか、大きな音と共に開いた。その勢いで複数の男達が雪崩れ込んでくる。すぐに先頭の男が両肩を衛士に掴まれ、床に押さえつけられた。そのままの体勢でも男は声を張り上げた。押さえられた男は砲手の制服を着ていた。
「ソルランデット様に申し上げます!砲撃の!砲撃の許可を!どうか!」
すぐさま衛士に更に押さえつけられ、男の最後の声は地面に向かって発せられていた。この男が騒ぎの元だったと気づき、ミルチャーは少し安心するがソルランデットを後ろに庇いながら声を張った。
「騒がしいぞ!ソルランデット様はまだ安静が必要な状態だ」
直ぐに、衛士達は男を部屋から引っ立ててて行く。しかし、男は半ば引きずられながらも必死に振り返り、同じ言葉を繰り返している。
「待って」
その時、か細いがしっかりした声でソルランデットが衛士を止めた。しまったとミルチャーの顔には出るが、すぐに隠してソルランデットを振り返る。
「お前、どうした?」
「これはどういう事なの?あの人はここの人なのにどうしてこんな事をするの?」
「それは……」
「砲撃の指令はシスヴァリアスの方しか出せないからです!」
すかさず男が割り込んでくる。
「あそこに!あの船に俺の弟が乗っているのです。今日が初陣で……このままだと……」
衛士にも状況が痛いほど分かるのか、押さえる手が緩み男は床に泣き崩れた。海上を見ると前線と思しき辺り一体が激しい戦闘であることが見て取れる。
「お前はこんな小さな子にそんな命令を出させる気か!?俺には正気とは思えない。それに残念だがシスヴァリアスでも血の誓いをしていないと、命令は出せない」
努めて冷静にミルチャーが伝える。こればかりはどうしようもない。
血の誓い……それはこのシスヴァリアス城を城砦化する時に、時のイングリア女王と交わした誓いだといわれている。この城からは城を直接砲撃する事が出来ることを案じたアーディと協議したシスヴァリアスの祖ダイウェンが代々王家を命を賭して守ると誓ったものだけが、この城の砲台を使う事が出来るとしたものだった。
その時食い入るように海戦の様子を見ていたソルランデットが決心したように、ミルチャーに向き直った。
「僕は血の誓いをしているよ。僕は王家の為に成すべき事をすると誓ってる」
そうだった!つい最近、ソルランデットはゲオルグに代わって、エディラ姫を守護するために血の誓いをしたのだった。ミルチャーにはエディラ姫が恨めしかった。