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ベリアの海岸沿いに立ち並ぶ商店の一角が激しく燃え盛っている。打ち込まれた砲弾から発した火が次々に燃え移って、あたり一面火の海となっていた。
「女子供は、奥へ逃がせ!」
「もっと水を寄こせ!」
町の男達は総出で火を消しに掛かっていた。延焼を防ぐために手早く広い範囲の建物を打ち壊し、火種を閉じ込めて行く。元々が軽い木材を使用した簡単な造りの物が多いために、ある程度の被害で食い止める事が出来そうだった。
「これ以上は軍隊ばかりに任せるわけには行かないな」
「俺達のはしけも全部出せ!イングリアの底力を見せてやるんだ!」
町の男達は手に手に得物を持って、次々に小さな舟に乗り込んだ。誰もがこの一件を重大事と受け止めていたのだった。
「これは……」
敵船からの一撃はセドフの言葉を詰まらせた。敵方があれほどの射程の砲を持っているなど想定外だった。町が火に包まれていくのを船の上からは見守る事しか出来ない。自然セドフの拳が白く成る程握り締められていた。その肩に手を置いたシスヴァリアスの手も言いようの無い怒りに震えている。
「あれは何かしらの超常の力が働いていると見える」
そんな事があるのだろうか?もしそれが本当なら自分達に勝ち目は無いのでは無いのか?セドフの心に不安が広がってきた。
僚船の沈没を見守るしかなかったサグレス達に、そのベリア湾の火災は自分達の無力さを更に認識させる事となった。ゲオルグでさえも火を噴きそうな目線で湾を見つめている。
「ど……どうするんだよ!?このまま見ているしか出来ないのかよ!?」
サグレスは声の震えを隠すことも出来ないまま、訴えた。誰もがそれに答える事が出来なかった。その時、凛とした声が甲板に響いた。
「私の国を、民を守ってください」
「え?」
振り向いたサグレスの目の前に轟音に気づいたエディラが船室から現れたのだった。ゲオルグはその命令に従わざるを得ない事を自覚していた。
その朝。深夜の騒動の後、いつの間にか眠ってしまっていたソルランデットは普段と異なる外の気配に外にいつもより早めに寝台から起きだした。その様子に気づいたらしいミルチャーがいつの間にか側へ来て身支度を手伝っていた。
「父様は?」
「早朝に城へ行かれたよ」
「あれは何?」
眼下に広がるベリア湾は中も外も船で一杯だった。やがてどの船も激しい戦いに巻き込まれていく。ソルランデットは自分が取り残された気持ちになっていた。自分がやるべき事は本当に無いのだろうか?父もセドフも見知った誰も彼もがあそこにいるに違いない。
「ミルチャー。みんな大丈夫だよね?」
「あぁ。イングリア艦隊は無敵なんだ。あんなよそ者あっと言う間に蹴散らしてしまうさ」
しかし、昼近くなっても眼下の戦いは終わる気配は無く、どちらかと言うと旗色が悪い様に感じられる。ソルランデットは窓辺から離れる事が出来なくなっていた。
「ねぇ、ミルチャー。あの船はもう沈んでしまいそうだよ。誰か助けないの?」
ミルチャーが答える間も無く、船は視界から消えていく。どう答えた物かとミルチャーが思案している時、部屋の外が騒がしくなって来た。




