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「君は何故、逃げずにイングリアへ戻って来たのだ?状況からして、逃げ出してもおかしくは無いだろうに」

 馬車の中での率直なシスヴァリアス提督の言葉に、エトワールはしばし考え込んだ。

「俺はこの国の生まれではありません。あちこち流れて、終いには自分の目的も見失っていた俺を女王陛下は拾い上げてくださった。感謝しても仕切れない恩をいただいたと思っています」

「君は確か、シィエン様の縁者だったと聞いたが」

「はい。叔父のシィエン様がエスネンを出た後、風の噂で海を渡ったイングリアにいると聞いて叔父の愛した人を見てみたいと思ったことはあります。その時には、まさか自分が実際にイングリアに来るなんて思っても見なかったんですが」

 苦笑するエトワールに静かに頷くシスヴァリアスへ、エトワールはふわりと笑った。

「実際にファナギーア様にお会いして、その人柄にすっかり惚れ込んでいました。初めて声をかけていただいた時は天にも昇る気持ちでした。でも、陛下のお心には叔父の存在が大きくありました」

 ため息をつく様に言葉をついだエトワールが続けて口を開こうとした時、馬車は王城の門で止まった。


 夜も更け、既に休んでいたファナギーアはしかし海軍提督の突然の来訪に嫌な顔一つせずに応じた。何かあった、と思うほどには長い仲になっている。

「夜分遅くに、突然の非礼お許し下さい」

 深々と頭を下げるシスヴァリアスより、ファナギーアの興味を惹いたのは同行しているエトワールの方だった。

(珍しい事もあるものじゃ)

 しかし、シスヴァリアスの報告をさえぎる事はせず、淡々と聞き入る。聞けば聞くほど驚くに値する内容ではあった。シスヴァリアスの要望は直ちに軍備を整え迎撃体勢を取る事だった。躊躇せず、ファナギーアは全権を委ね、シスヴァリアスは席を立つ。後にはエトワールが一人残された。ファナギーアは窓辺に寄って、まだ暗い外を仰ぎ見る。窓外には広い海が見渡せるはずだが、月も隠れたのか、闇夜に星が瞬き、波の音が微かに届いていた。

「姫様の事、申し訳ありませんでした。一番近くにいながら、何の助けも出来ず……」

 語尾が震えている。エディラの事を思うと、感情を抑える事が出来なかった。船の中で過ごした日々が頭の中で繰り返し思い出される。

「あれは……まだ、無事におると思うよ」

「え?」

「あれに何かあれば、海王殿下が黙っておるまい。海がこの様に静かな事が何よりのしるしだと思うがの」

「いや、そんな訳は……」

「このイングリアはフェナの直系と言われておる。フェナはこの世の法則に捕らわれない。そのフェナに唯一禁忌とされているのが人と子を成す事じゃ。それ故、フェナ直系はとても少ない。そもそも血統を繋いでいるのは、太陽神ソルのサンズと呼ばれる聖王家とこのイングリアのみじゃ。そして、フェナ直系にはそれぞれの神の絶大な庇護があるのじゃよ。信じられないかもしれないがな」

「そう……でしょうか」

 自信無げに呟くエトワールの肩を優しく抱いたファナギーアは、ふとエトワールの髪に白い羽が埋もれている事に気がついた。そっと取ってエトワールへ手渡す。それは随分と大きな純白の羽だった。それに見合うには人ほどの大きさになるのでは無いだろうか。そして、ファナギーアはそのまま廷臣達が待つ議場へと部屋を後にした。

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