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今はエディラの部屋としている貴賓室の扉を開いたところで、エスメラルダはゲオルグと鉢合わせした。ゲオルグは丁度出るところだったと見えて、そのままエスメラルダを通すと自分は扉を掴んで閉めようとするのを見てエスメラルダはゲオルグを呼び止めた。
「何だ?」
穏やかに聞くゲオルグに一瞬躊躇するが、エスメラルダは自分の腕から赤い腕輪を外してゲオルグに渡した。その様子をエディラが見つめているのを感じられた。
「提督からお預かりしていた物です。いい加減あなたにお返ししないといけないと思いました」
「あぁ。家のか?そのままお前が持っていても良いんだぞ」
実際には同じものがアーディの家にも有るのをお互いに知っていた。
「今はまじないと姫様のお力でこの船にいる限り、何も心配する事はありません。でも、あなたは外に出る機会が多いのと、この間のような事を思うと、やはりあなたが持つべきなのではないかと思うのです」
エスメラルダの手から腕輪を受け取ると、やや逡巡したもののゲオルグは素直に自分の腕に結びつけた。そして、優しく腕輪を撫でるとエスメラルダに一つ頷いて見せた。
「それ、なぁに?」
興味津々と言った感じでエディラが聞いてきた。隠す事でも無いとエスメラルダはにこやかにエディラに向き直った。
「再生の女神ファンから賜ったと伝わる護符の様な物です」
エディラに請われてゲオルグは腕輪をエディラに良く見える様に腕を近くへ伸ばしてやる。それは良く見ると糸ではなくて赤毛の髪の毛を編んだ物だった。古びてところどころほころびてはいるが、まだ十分にしっかりと編まれている。その色はエディラのそれと良く似ていた。
「とても赤いのね」
「私達の先祖はこの女神の髪で出来た腕輪の力に守られて、長い戦の数々の危機を戦い抜いたと言われています」
「そうなの……でも、私の髪にはそんな力ないわ」
しょんぼりと自分の髪先をひねくり回すエディラが突然「痛っ」と小さな悲鳴を上げる。ゲオルグの指先には長いエディラの髪が一筋あった。やや涙目で抗議の表情を見せるエディラだったが、ゲオルグは器用に腕輪にエディラの髪を巻きつけて行く。やがて、その髪はどこに入れたのか分からなくなってしまった。
「これでかなりの効果が期待出来るかな」
「えぇ!とても」
エスメラルダの声が嬉しそうである。心底その力を信じているのだろう。その様子を見て、エディラが釣られて笑う。
「ご自身では何も出来ないとおっしゃいますが、姫様は十分に神々の加護を受けていらっしゃるのです。その恩恵が私達にも与えられていると忘れないでいただきたいのです」
「そう……なの?」
「はい」
エスメラルダの笑顔に今まで毛嫌いしていた事がエディラは少し恥ずかしくなっていた。そして自分の存在が周りに与える影響をおぼろげに気がついたエディラだった。船はイングリアを目指して進んでいる。