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明け方まで起きていたのは覚えている。近くの茂みからは時々、物音を聞いたが幸いな事に彼らの近くにまで来る事は無かった。それで安心してしまったのだろう。辺りが明るくなってきたと意識したのを最後に座ったまま眠ってしまったようだった。気がつけばエディラが遠慮がちにサグレスの服を引っ張っていた。
「あ!ごめん。何かあった?」
覗きこんでいるエディラの様子にトラブルでもあったかと、一度に目が覚める。首を横にふるエディラにほっと気が緩んだところで、盛大にサグレスのお腹がなった。その音でエディラが溜まらず噴出してしまった。つられてサグレスも笑い出す。ひとしきり笑ったところで、エディラがサグレスにおずおずと水を差し出した。
「喉が渇いているかと思って、そこで汲んで来たの。昨日は寝ずの番をしてくれたのね。ありがとう」
手を出しながら、なんとは無しに照れがあった。まさかお礼を言われるなんて思いもしなかったなどと言えば、むくれてしまうだろうか?有り難く水を飲み干すと、虫などに取られないようにと懐に隠していた木の実を分け合って食べる。慣れない手つきのエディラにサグレスは器用に固い殻を割ってやった。エディラの感心するような視線が照れくさい。合間には果汁の多い果物を周囲から集めてきて、それなりに腹を満たす事は出来た。さて、どうしようかと思案するサグレスを気にする風も無く。エディラは快活に話していた。
「私ね、城に帰ったらお母様にお前の事を取り立ててくれるよう頼むつもりなの。だから、絶対帰りましょうね」
エディラなりの気遣いなのだとは、流石のサグレスも気づいているので特に口は挟まなかった。
「まずはどこでもいいから、この島から脱出しないといけないな。近くを船が通った時に気がついて貰うには何か良い方法はないだろうか」
思案するサグレスの横でエディラは城の事や自分の事をしゃべっている。聞くとも無く相槌を打ちながら、エディラが不安を紛らわそうとしているのだと気がついた。中でもゲオルグの事は度々出てくるが、それは憧れに近い感情にサグレスには思えた。
(当のあいつはどう思ってるんだろうな)
全身傷だらけで、でも誰よりも強く有無を言わせぬ統率力はサグレスも認めざるを得なかった。エディラの気持ちも分からないではない。それは建国の勇者の末裔の持つ「魅力」とでもいう特別な何かなのかもしれない。しかし、一方でゲオルグにまとわり付く暗い影がある事も気になるのだった。そもそも<我が女神号>そのものに超自然的な物が引き寄せられているのは気のせいだろうか?もしかすると、あの人魚がかけたまじないそのものの影響なのかもしれない……。
ふと、気がつくと斜面の下の茂みがガサガサと物音を立てている。何か大きな物が立てる音だった。慌ててエディラを後ろに庇って、手近な棒切れを手にサグレスは構えていた。格闘術自体は士官学校での必修科目だ。この航海で実践も経験している。ぎゅっと握る手に力を込めて、自分を落ち着かせようと、更に体勢を低く構える。茂みの一部が大きく揺れると同時に声がした。
「おぉぉい」
茂みから見知った姿を見つけて、サグレスはその場にへたり込む。
「あぁ!」
「サグレス!!」
「良かった。姫様も一緒か」
駆け寄ってきたのはシナーラとデワルチだった。ゲオルグが先導していた。
「ゲオルグ!」
その姿を認めると、エディラがゲオルグに走り寄る。一瞬あっけに取られたゲオルグだったが、すぐにエディラを抱きかかえると深いため息をついた。
「無事で……良かった」
頭上には吹流しが風に靡き、その周りを西風のスレイが嬉しそうに飛び回っていた。




