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「少し待ってください」
エスメラルダは起き上がろうとしているゲオルグに気づくと慌てて、押しとどめようとした。しかし、力負けしてゲオルグは寝台から起き上がってしまった。エスメラルダが抗議のため息を付くのをゲオルグは無視して身支度を進めていた。
「エディラの捜索に向かう」
「それは分かっていますが、少しは体の事も考えてください」
「そうも言ってられるか。エディラの行方は国の存亡に係る事だ。何よりも優先してしかるべきだろう?」
「は……い」
「お前、本当に分かっているのか?エディラはイングリア唯一の王位継承者だぞ?何の手も打たずに俺は陛下の前には出られない」
部屋には後ろ手に閉められた扉に向かって唇を噛むエスメラルダが残された。
「それは、そうなのですが……これ以上は命に係ります」
呟くエスメラルダの声は扉の外までは届かなかった。
甲板に向かう足音を耳ざとく聞き分けたのは、ラディックだった。士官候補生達は我れ先にと階段を駆け上がる。甲板にいたのは上着を肩にかけたゲオルグだった。腹には以前にもまして包帯が巻いてある。後ろからバタバタと飛び出してきた候補生達を片目で軽く一瞥すると、ゲオルグはまた海上へ目をやっていた。
嵐の後、船は揺れるに任せて漂っていたためか、嵐の前とそれ程大きく位置は変わっていないようだった。周囲に他の船影は見えない。海上には転々と島影が見え、天候も落ち着きを取り戻しつつあった。グァヤスはゲオルグの前に出ると海図を広げて自説を繰り返した。
「悪くないんじゃないか?」
いつの間に現れたのかシークラウドがグァヤスの頭をぐりぐりと撫でる。エスメラルダとイーグルも船内から出てきていた。
「そうだな。賭けてみるか」
ゲオルグの言葉にグァヤスが照れた様に海図に目を落としていた。
「操船開始。風向きが悪いから操船は慎重に行う」
「舵を取ります」
エスメラルダが、舵輪を握った。
「シナーラ。見張り台に入れ。俺は甲板から探す」
イーグルが綱を引きながら、シナーラを振り向く。
「はい!」
シナーラが綱とマストを辿ってするすると見張り台に潜り込む。やがて<我が女神号>は海面をすべりだした。