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エディラを伴ってサグレスはようよう見晴らしの利く小高い丘に辿り着いた。木々の間からは海が見える。手近な一つに登ると、周囲が見渡せた。そこはぐるりと海に囲まれた小島の様だった。少し離れて似たような島々が見えるので、恐らく群島の一つと言ったところなのだろう。海上にどれだけ目を凝らしても船影一つ見つける事は出来なかった。
「どうだった?何か見えたの?」
エディラの期待に満ちた問いに、しかし、サグレスは首を横に振るしか無かった。午後の日差しは傾き始め、冷気が感じられるようになってきていた。風も出てきた様で、海上からも見つけられるようにと衣服を裂いて作った即席の吹流しが木の枝からうねる様に靡いていた。
疲労と不安とで2人は口数が少なくなって来ていた。サグレスは少し開けた場所で寝床の準備をするが、今夜は固く冷たい土の上で寝る事になりそうだった。それでも、少しでも居心地のいい場所を作ろうと苦心していた。じきに辺りは暗くなり始める。遂にエディラが爆発した。
「いつまでここにいるのよ!早く城に帰して!」
「いや……そんな事言っても、無理だから明日また明るくなってから……」
サグレスは宥めようとするが、エディラの興奮は益々収まらなくなっている。
「いやよ!このまま外でどうしろって言うの!こんな事なら、あのまま海で助からなければ良かった!」
「ちょっと待って!そんな事、君は言っちゃいけない!どんな事をしても生き抜かないと」
「どうしてよ!こんな怖い思いまでして、何で私がこんな目に合わないといけないのよ」
エディラの瞳は怒りで震えていた。その奥には不安が揺らめいている。
「それでも……君は俺たちの独立の聖なる証だから。生きて生きて、生き抜いてくれないと俺たちが迷ってしまう」
「何で!私ばっかり!私には女神の力なんて無いし」
サグレスは興奮するエディラを抱きしめて囁く。
「俺たちが守るから、俺たちはそう教わってきた。イングリアの民は赤い髪の女神の元に集い、そのためになら命だって投げ出す覚悟を持つんだって」
唐突にエディラの脳裏にソルランデットの姿が浮かんだ。あの子。あんなに弱いのに私の為に剣を振るって、でも酷い傷を負ってた。もしかしたら、死んでしまっているのかもしれない。私の為に。この前の戦いだって、大勢の人が戦ってた。国の為に。お母様のために。シスヴァリアスのおじ様も足を怪我してしまって、不自由していても決してお母様に恨み言なんて言った事が無かった。それは……?
「エディラ?」
サグレスの腕の中でエディラは滂沱の涙を流していた。その瞳は虚空を見ている。やがて落ち着いたエディラを横にならせると、じきにに枝ずれの音が辺りに響くだけになった。サグレスの方は寝ずの番のつもりで近くに座り込む。火も焚けない状況では未知の獣が襲ってこないとも限らない。時々エディラの寝返りの音がし、ふと振り返るとサグレスの服の裾をエディラが握って寝入っていた。
そういえば、妹がエディラ王女と同じ日の生まれだと嬉しそうに話していたのを思い出した。本来、王宮で大勢にかしずかれて暮らしていたのだろう。不安になるのも仕方ないなと、サグレスは星を数えながら考えていた。




