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頭上を覆う程繁った潅木の茂みを迂回すると、突然目の前が開けて水音が響いてきた。そこには飛び越えるにはやや幅のある川の流れがあった。透かして見ると水ににごりも無いようだ。向こう岸で水を飲んでいたらしい小動物が、突然現れたサグレス達に驚いて、水を跳ね散らかしながら、茂みの奥に逃げ去っていく。エディラを近くの小岩に座らせると、サグレスは浅瀬に入り水をすくって少し飲んでみる。冷たい水が喉を通って行く感触が気持ち良い。胃の中に納まるまで待って、自分の体に異常が無い事を確かめると再び水をすくってエディラに差し出す。
「この水は大丈夫みたいだから」
「そうみたいね」
エディラはサグレスの掌から川の水を飲んだ。ゆっくり傾けたつもりでも、半分ほどは零れてしまった。エディラの唇の感触がくすぐったかった。
「下手ね」
エディラの視線に慌てて、周囲を見回すと案外大きな葉が目に入りサグレスはその葉を軽く洗って、器用に巻くと器代わりにして水を汲む。よく妹にこうして水を飲ませてやった事が不意に思い出された。葉の器を渡してやるとエディラは美味しそうに飲んでいた。サグレスも水をすくって改めて飲みはじめた。
何度か、望まれるままにエディラに水を汲んでやる傍ら、サグレスはエディラの足を水で洗ってやる。エディラの足はやや熱を帯びているようだ。最初は滲みたようだが、水の冷たさは気持ち良いようだった。
「ゲオルグの……」
人心地付くと、エディラが口を開いた。
「怪我は酷いのかしら」
「さぁ?どうだろう……」
サグレスは最後の情景を思い出していた。あの大男に切られていたが、あんまり大丈夫とも思えない。とは言え、エディラにそうも言えなかった。
「顔にも酷い傷を負ってた。今まで一体何があったの?」
エディラの声が涙声になり始めたのに気づいて、サグレスは慌てて話題を変える。手にはあちこちから見つけてきた木の実を抱えている。夏の果実がそこここに実っているのが有り難かった。
「なんで、ゲオルグを知ってるんだ?」
「ゲオルグは私の護衛ですもの。ずっと側にいたのに、士官学校に行くからって言うから我慢してたのに、あんなに酷い怪我してるなんて。行かせなければ良かった」
「な……なるほど。それなら、エスメラルダの事も知ってるのか?」
サグレスの話題に途端にエディラの機嫌が悪くなる。やがてエディラがポツリと言う。
「アーディは嫌い」
「え?」
「あんな綺麗な顔で、綺麗な金の髪なんて……」
サグレスにはその気持ちが良く分からない。どうしてエスメラルダが綺麗だと嫌いになるのだろう。しかし、エディラがその赤い髪をひっぱり始めてなんとなくその理由が分かった気がする。
「髪が縮れちゃったわ。きっと塩水のせいね。だから海なんて大嫌い」
確かにエスメラルダの白金の糸のような金髪は綺麗だとは思うが、エディラの赤く映える髪も同じように綺麗に見えるサグレスにはエディラの気持ちは良く分からなかった。