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 船体を強く打つ雨音と、大きな揺れに体を任せながらイーグルは自らの拳を睨んでいた。手が空いたところで、船室に戻り今は寝台に腰を落ち着けたところだった。

(あれは……)

 先刻の船で出会った、少年の姿が頭から離れなかった。

(カッツィーナによく似ていたが、何者だったんだろう)

 カッツィーナ・オランジュ・ウェイは今はエスネン公国と呼ばれている地の一部となっているが、元々は大陸内奥のプレゾナ湖と呼ばれる大陸最大の湖畔に点在する領地の一つ「ウェイ」の領主の娘だった。

 近隣の森から採れる山の恵みに加えて、豊富な湖資源によってウェイは内奥の領地の中でも大きな影響力を持つ、自治領として栄えていた。イーグルはその領民だった。イーグルの灰色の髪と目はその地で良く見られる特徴である。

 遠縁と言う事もあり、領主の館に日頃から出入りをしていたイーグルにとって、カッツィーナは可愛い妹のような存在だった。カッツィーナもイーグルに良く懐き、彼女の我がままに付き合って、森の中を白い牡鹿を探しに遠乗りしたり、湖に船を出して恋を叶えると言う水蛇を拝みに連れ出されることもあったが、イーグルにとっても楽しい思い出だった。あの日までは。


 その日、領地の境界と定めた森のはずれに突如武装集団が現れたとの情報から、イーグルを含む自衛軍は急ぎ境界へ出動した。しかし、そこで待つのは十分に訓練された、兵士と言うべき一群であり軍とは名ばかりのウェイの自衛軍は程なく壊滅の様相を呈していた。その最中、森の木々の間から立ち昇る炎と黒煙をイーグルは目にした。

「あの方角は……館だ!」

 嫌な予感にイーグルは戦場を急ぎ抜け出し、館までの道筋を駆け戻った。しかし、その目の前に広がるのは破壊の限りを尽くされた周囲の家々と炎に包まれる館だった。そして、それを指揮していたのがナイジェルニッキだったのだ。

 ナイジェルニッキはここから少し離れたエスネンの領主の側腹との噂がある青年だった。イーグルも近隣領主同士の会合に従者として同行した際にナイジェルニッキとその従者クルゼンシュテルンとは面識があった。領主がカッツィーナの伴侶候補にと名前を挙げた事があり、興味があって挨拶したのが正直なところだった。


 目の前の炎とナイジェルニッキの姿に思考が停止し、そのまま剣を振りかぶってナイジェルニッキに駆け寄った。振り下ろす寸前、剣が弾かれた。クルゼンシュテルンだった。クルゼンシュテルンは返す刀でイーグルのわき腹を深く貫いたところでイーグルに理性が戻った。一人でこの人数を相手にする事は出来ない。それより館の中の人達を助けなければ。

 ふらふらと館に向かうイーグルに追い討ちをかけようとするクルゼンシュテルンを止めてナイジェルニッキは踵を返した。

「ここは終わりだ」


 見慣れたはずの館の中はどこも燃え上がり、そこかしこに館の住人が或いは絶命し、或いは虫の息で倒れていた。イーグルはその一人一人を助け起こすが、いずれももう助からないと分かる状態であった。その中にお館様夫婦の姿もあった。

「カッツィーナは……?」

 激しい炎の中、カッツィーナの部屋まで辿るが彼女の姿はどこにも見当たらなかった。そしてさしものイーグルも炎と煙にまかれ、そこから一歩も進む事が出来なくなっていた。遠のく意識の中、激しい羽音が聞こえた気がする……。


 目を覚ました時には体中に酷い火傷を負っており、そして知らない遠い異国の地にいた。それから名前を変え、今に至るまでそのことを胸に秘めて生きて来た。カッツィーナと同じ年恰好の親戚の話も聞いた事が無い。もしや自分と同じ様にと淡い希望が湧くのを感じるが、あの少年が自分を全く見知らぬ様子だった事も気に掛かる。イーグルは揺れる自分の思いを持て余していた。

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