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(サグレスは無事なんだろうか?)
一人所在無げに寝台に腰掛けていると、色々と悪い想像が頭を掠める。今までサグレスは何度か海に落ちているが、その都度すぐに見つけられている。しかし、今度はあっと言う間に見失ってしまった。どこかへ流れ着いたか、あるいは溺れたか……。シナーラは何とかそのイメージを振り払おうと頭を強く振った。雨と風の音が一層激しくなったようだった。
「嵐が収まるまで待機だそうだ」
グァヤスとデワルチが乱暴にドアを開け放った。
「大丈夫か?」
シナーラの様子に少し気遣いを滲ませてグァヤスが声をかける。恐らく、自分は酷い顔色なんだろうなとシナーラは思いながらも同じ様に2人の蒼白な顔を見上げて頷く。デワルチも頷いた。
「無事に見つかるさ」
「総長の様子は?」
「分からない。ずっとエスメラルダが付き添ってるみたいだ」
「シークラウドも出たり入ったりしてたな」
「イーグルは?」
「一通りやる事済んだら、部屋に戻った。その後は見ていないから部屋じゃないかな」
会話が止まると重苦しい沈黙が部屋を満たしていく。
「海図持って来ました!」
元気良くラディックとグロリアが続けて入ってきた。すぐに、全員で海図を囲む。士官学校で見慣れた物よりはやや古く使い込まれている。いくつかの丸印は大きな港や岩礁などの目印だろうか。皆の視線がすぐに現在航海中の海域に注がれる。
「今はこの辺りかな」
デワルチが確信を込めて一点を指差す。すぐに皆が頷く。
「近くには小さな群島が集まっている箇所があるな。ただ、何箇所もあるから、どこから探すかが問題だな」
同意する様に深いため息が漏れる。珍しくグロリアが口を挟んだ。
「この大きな島の東側と西側で逆方向の海流が流れていて、岩礁などの難所も少ない事からこの海域は航路としてよく使われているんじゃなかったですかね。行きはもう少し外側の難所がある海流を使いましたが」
「そうだ!海流に乗れば日数を稼げるからって、北上は西側、南下は東側を狙って進めって習ったね」
ラディックが海図に指を滑らせる。
「あの時、船は西側の海流に近い側にいたはずだな。何せ国に帰る途中だったんだから」
「だとすると、この辺りの群島を片っ端から探せば或いは流れ着いているかも?」
座が沸いたところで、それまで一人黙っていたグァヤスが口を開いた。
「ちょっと待て。戦闘に入る前はこの辺りにいたんだよな?だとすると、ここだけ東南に流れる海流があるはず」
「え?何でそんな事知ってるの?習った事無いよね?」
ラディックの不思議そうな問いに海図を指したままグァヤスは口を噤んだ。海図を睨んでいたデワルチが口を開く。
「確かにあの時サグレス達が流されたのは、東南の方向だ。あの勢いから海流に乗ったとしか思えなかったがここに海流があるんだとすると、辻褄が合うな。しかし、そこそこ海に出ている俺も知らなかったぞ」
視線が小柄なグァヤスに集まる。その体がふっと一回り大きく見えた。
「サイガニアに行く時に使う、航路だからな。有名な航路は南のサイガニアまでは行かないが、悪用されると国が荒れるから公にはなっていない」
航海ですっかり陽に焼けた候補生達の中でも一際焼けた肌を持つグァヤスはサイガニアの混血児だった。そしてサイガニアは長く大陸から不当に搾取されている。グァヤスの父はイングリアの外交官として、サイガニアの地位向上に心血を注いでいるという話だった。一時の沈黙の後、シナーラが海図の一点を指す。
「その話を信じるとすると、この小さな群島の辺りに流れ着いているはずだよね。ここなら周囲の島より船から近い。行く価値は十分あると思うよ」
シナーラの言葉に全員が頷いた。