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憮然とした面持ちでサフランは舵輪を取っている。海が荒れ始めている為に幾度も大きく船が揺れた。サフランのオレンジに燃える髪が曇り空にもよく映える。
(兄者は一体何をする気なんだ?)
陸で商売でもしているのかと思っていた兄が海の上で良からぬ企みに加担しているとしか思えない。あのクルゼンシュテルンとか言うのは手練だとしても、普通の人間だろう。しかしナイジェルニッキとやらは何か異質な気配が感じられた。
(気に入らないねぇ)
サフランとナイジェルニッキは兄妹とは言え母親が異なる。海の荒くれ者と知られた父がどこでどうやって出会ったのかは分からないが沿岸の国の深窓の令嬢と言った娘と大恋愛の末、結ばれたと言う話はそれはそれは宴の席で繰り返し話されたものだった。手下が身振り手振りで話すのをまんざらでも無い様子で酒瓶を傾ける父がサフランにはとても嬉しそうに見えたものだった。その兄は母親の生家で育てられていたのが数年前に突然父の元にやって来て海賊修行をすると言う。その後、父とどんな事があったのかは知らないが、半年ほど前に父は海賊業はサフランに譲ると宣言し、兄はいずこかへ去ったのだった。父の密かな惚れこみ様を知るサフランからすれば意外と言えば意外であったし、実力から見れば当然と言える差配だった。
(気に入らないねぇ)
再び呟くとサフランは舵を大きく切った。波は高くなりかなりの荒天が見込まれた。
先の海域からはやや離れたものの<我が女神号>は誰もいなくなった海上で荒々しい波と風雨に揉まれていた。他の船は四方に散ったと見えて、辺りには船影もそしてエディラとサグレスの姿も見えなかった。黒い雲に覆われたために視界も悪く沖の島影も見当たらない。
「どう……なるんですかね」
自然と甲板に集まった士官候補生達はどの顔も不安と緊張で青ざめていた。
頬先に長い髪が触れたのに気づいて僅かに身動きをした。雨が叩く様に降っていて、舷側に背を持たせかけた状態で座っているらしい。
「あなたと云う人は……こんな事を続けているといつか本当に死んでしまいますよ」
心底冷たい声が届く。これはとても怒っているんだなと感じる事は出来る。アーディの癖だ。兎にも角にもまだ生きているらしい。
「……エディラが」
「サグレスとエディラ姫は行方不明です。海の中なら海王の手の内なのでその加護を祈るばかりです。風が止んだら近隣の島々を巡る事にします」
「あぁ」
返事を最後にゲオルグの体は甲板に倒れこんだ。エスメラルダが慌てて支えたが、その意識は既に遠かった。