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無我夢中でイーグルは剣を振り下ろしていた。背中全体に引き攣れたような痛みが走り、業火に焼かれた事を思い出させた。フラッシュバックの様に燃え盛る広い館を彷徨う自分が思い出される。名前を呼ぼうにも熱さで喉が焼けるようだった。遠くでシナーラの叫び声を聞いた気がする。ナイジェルニッキが気配に気づいて振り向くが、両手がふさがっているためにまともに剣先を受けるしかないと思われたその時、間を裂く様に一振りの剣が差し出された。そのまま、イーグルの振り下ろした剣先を弾き飛ばす。それはナイジェルニッキが側使えにと身近に置く、モカルだった。モカルは護身用の剣を携えていたのだ。体制を建て直しながら、新手に向き直るイーグルはモカルの姿に衝撃を受けた。その名を呼ぼうにも記憶の中の様子とあまりにも違っていたため、その名を口にするのを躊躇したのだ。
「何やってるんだよ!イーグル!!」
後ろからシナーラが必死にイーグルに呼びかける。イーグルは悪夢から醒めた様に混乱している。今は森の館にいるのか、船上にいるのか、今何をすべきなのか。
「お前……館の生き残りか?根絶やしにしたと思っていたが」
イーグルの様子にナイジェルニッキの瞳が琥珀の輝きを増す。シナーラはナイジェルニッキから発せられる妖気とでも言う物を感じ取っていた。普通の人間じゃない。そう、思えた。
その時、エディラがナイジェルニッキの腕を振りほどいて、すばやくイーグル達とは反対の通路へ走り去った。真っ赤な髪がじきに光の届かない先へ行くが、途中で足音は上へ向けて去っていく。
「エディラ!」
呼び止めかけて、エトワールは呼ぶのを止めた。ここに居るより、先へ進むほうがよっぽどマシだと思える。
「やっぱり、あれはエディラ様なの?」
頷くエトワールにシナーラはイーグルを押して、エディラを追わせた。自分もその後をすぐに追う。すかさず、追おうとするナイジェルニッキに今度はエトワールが邪魔をした。
「どけ!」
「ダメだよ。あれは俺にとっても大事な人だから、こんな風に手を掛けさせる訳にはいかない」
少しの間もみ合いにはなったが、最後はナイジェルニッキの剣がエトワールを切りつけた。抵抗の止んだエトワールを押しのけてナイジェルニッキは甲板を目指した。