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サグレスが周囲を見回すと、既にイーグルとゲオルグは群がる敵船員を剣で薙ぎ払い始めていた。サグレスはシナーラと目を見交わすと手に短剣を握り締めてそれぞれ援護に回る。
「先に中へ行け」
背中合わせに剣を合わせていたイーグルとシナーラにゲオルグは指示を出した。まだ、この船の事は何も分かっていないのだった。
(あいつがいるという事は・・・)
イーグルには漠たる予感もあった。一つ頷いてシナーラを伴って、手近な扉から船内へ入る。狭い通路の中に人影は無かった。
イーグル達が船内に入るのを横目で見送ると、血路を開きながら徐々にサフランと距離を詰める。サフランほどの腕を持ってしても、十分に押されているようだった。
「よぉ」
「あんた!生きてたんだ!」
そんな状況でもサフランはゲオルグを認めると少し驚いた顔を見せた。ゲオルグはやや目を細めると、対峙している偉丈夫に目を向ける。相手も新手と認めたのか、剣先をゲオルグに向けて構え直す。
すぐさま技量と技量のぶつかり合いが始まった。その周囲は自然と剣技及ばぬ範囲に輪が広がる。サグレスはその命のやり取りに目が離せなかった。
「あんた!下がらないと怪我するよ」
サグレスはサフランに襟首を引きずられて、輪の外に引き出された。見ほれる程の技の応酬ではあるものの、輪の外側にも敵は山ほどいるのだった。すぐにサグレスは混戦の中に紛れていた。
「中々の腕だな。どこの者だ」
「名乗らず人の名を聞くとはたいしたもんだ」
何度かの打ち合いで互いの技量が知れた頃、口を開いたクルゼンシュテルンに鼻で笑い流すゲオルグをクルゼンシュテルンもにやりと返す。
「これは失礼した。我が名はクルゼンシュテルン。エスネン国主ナイジェルニッキ様に従う者」
「俺はゲオルグ・スターゲ。イングリアのダイウェンの血筋の者」
「なるほどな。故にこの太刀筋か」
「おい!エスネン領はいつから国になったんだ?」
「ナイジェルニッキ様が統一された以降、その様に」
激しい打ち合いを続けながらもゲオルグは疑問が晴れない。
「その内陸の王が東の果てのイングリアに何用か」
「それは我が主の胸の内。俺はあずかり知らぬ事」
「ちっ!」
互いの譲らぬ剣先は、衣服を切り裂く事はあっても決定的な一打にならずに合の数だけが増えていった。