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「乗り込むぞ。イーグル、サグレス、シナーラはついて来い」
ゲオルグの指示に3人はすばやく後に続く。<我が女神号>は見る間に交戦中の3隻に近づき、それぞれの甲板上での様子もつぶさに見て取る事が出来た。そこではサフランが正にクルゼンシュテルンと一騎打ちの真っ最中だったが、それは誰の目にもサフランの不利が予感されるものだった。そして、突然の<我が女神号>の登場にどの船も動揺が広がっている。たちまち、砲首が<我が女神号>にも向けられた。
その間にシークラウドの合図で先に鉤が付いたロープが投げられ、相手の舷側にがっちりと引っかかる。
「危ないですよー」
ラディックの悲鳴にシークラウドはロープの端をグロリアとデワルチに渡して、思いっきり引けと合図する。
「うるせーぞ!大砲は近くの敵には使え無い。さっさと近づけるぞ。ラディックとグァヤスは剣で2人をしっかり守れよ!」
「はい!」
グァヤスの返事に振り返れば、相手側からは射手がこちらを狙っているのが見えた。慌ててラディックも飛んでくる矢じりを切り伏せる。
「ちょっと!無理じゃないですか!?」
「まずい!」
グァヤスとラディックが逃した一矢がデワルチを襲う。間に合わないとデワルチが肩で受けようとした、瞬間ピシリと鞭がしなって、矢を弾き飛ばした。シークラウドの一撃がぎりぎりのところで間に合ったのだった。
「気ぃ抜くなよ」
互いの船が近づくほど、攻防戦は激しくなる一方だった。このままでは……と、思う間もなく<我が女神号>から一矢が放たれた。それは真っ直ぐに相手の帆柱に突き立ち、矢じりの炎が帆布に燃え移る。たちまち火の粉が甲板にも落ちかかり敵船の甲板上はちょっとしたパニックに襲われている。甲板には爆薬があちこちに置かれているからだった。
「容赦ねぇなぁ」
呆れたように振り返るシークラウドの視線の先には弓を手にしたエスメラルダが戦神そのもののように陽光を背に立っていた。その手には既に第二矢が構えられている。
敵船の甲板が恐慌に見舞われているのを目にして、ゲオルグは帆柱の上から合図を送る。
「行くぞ!」
そのまま振り子の要領で大きく体を宙に浮かせると、相手の船に飛び移って行った。まだ互いの船の距離は大分開いている。
「いやいやいやいや。ちょっと無理でしょう!?」
サグレスの呟きに、イーグルがお先にとばかり、ロープを引く。
「まぁ、やってみろ」
「やるしかないよね」
シナーラの苦笑いにため息を付きながらも、サグレスは自分のロープを強く引いて、大きく空中へ体を投げ出した。耳元を風が吹きすぎて、バランスを崩したかと思った時、少しだけ体が浮いた気がして目を上げると見知らぬ男の子の気配があった。
(あれが、スレイ……なのかな?)
そして、サグレスの体はしっかりと甲板の上にあった。頭上ではもみ消されたらしい火の粉の残りが降り注いでいた。