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海王との出来事の後、<我が女神号>とザルベッキアの商船は海流と良風によって、ようやく快調な航海を再開していた。もっとも、海王だの人魚だの十分すぎる程の出来事に出会って、商船の乗組員達は航海にすっかり恐れをなしていた。お陰で益々その速度を上げて航海を続けているために、大きく遅れを取っていたと思われた旅もおおよそ予定の進行度合いを示している。海も穏やかそのものだったのも幸いしてる。
そうして連れ立って順調に航海を進めていたある日、遠くから号砲が微かに届いた。
「どうした!?」
耳ざといシークラウドが甲板で四方を見回すが、それらしき船影は見えない。遅れて甲板に出てきたイーグルも何度も遥かな海上を見回すが、現場が判然としなかった。隣を走る商船の方は動揺が広がっている。
「おい!どっちだ?大砲の音だろ。あれ」
シークラウドの問いにイーグルも頷くが、一向に正体が見定められなかった。
「イーグル!あれ!」
丁度、見張りについていたシナーラがマストの上から、一点を指差す。
「何が見える!?」
「あっちにつむじ風が立っていて……違う!スレイが……狂ったみたいに跳ね回っている?」
「スレイ?西風のスレイ?」
西風のスレイは再生の女神ファンのフェーンと呼ばれる従神であり、寂しがり屋の彼は女神の側にいるのが常と言われている。シナーラが指差す方向に何も見つけられないサグレスは訳が分からないとばかりに首を傾げる。その頃には異変に気づいた他の者達も甲板へ上がってきていた。
「スレイ……か」
少しの間考え込むそぶりを見せたゲオルグは意を決した様に、隣の商船に合図を送った。
「ここでお別れだ。俺たちはこれから、砲声のした方へ向かう。お前達は目的地へ向かえ」
その言葉に商船からは承諾のサインが送られた。
「気をつけて行け、な」
商船の船長の言葉にゲオルグは軽く手を振って別れを惜しんで見せた。
「行きますか」
エスメラルダの声にゲオルグは深く頷いた。
「スレイというのが、気になる。海王もこの目で見た事だし、見定める必要があるだろう」
その言葉に全員で船をシナーラの指し示す方向へ舵を切った。追い風に乗って<我が女神号>はその1点へ見る見る近づいていく。やがて、イーグルとシナーラがほぼ同時に声を上げた。彼らが最初に見たものは、交戦する3隻の船だった。次第に皆にもその姿が判別できるようになってくる。それはサフランの船とそれからいつぞやに海上で砲撃戦を行ったあの船だった。
そして、シナーラの目にはその船のマストの一番高いところで、四肢が千切れそうになりながらも激しくつむじ風を起し続けているスレイの姿が映っていた。