56
結局何をしに行ったのか、何をしたかったのか自分の行為戸惑いながらクルゼンシュテルンは狭い船内の通路を歩いていた。珍しく思いつめたように歩くクルゼンシュテルンを見かけて、ハインガジェルは声をかけた。
「おい。この後どうするんだ?事に寄ったら、召集掛けてる仲間との合流の時期も調整しないといけないぞ」
ハインガジェルにしてみれば、予定されていたとはいえクルゼンシュテルンの主とやらと合流するのはもう少し時間が掛かると読んでいた。まさか、不思議な力が働いているとは思いも寄らなかったのだ。
「あぁ……ここまで来たら一刻も早く、彼の国に到達したい。早ければ早いほど、向こうの出鼻を挫けると言ったのはお前だったな」
「まぁ、そうだな。流石に準備万端な無敵艦隊と当たるのは分が悪いしな。あくまで当初の予定通り奇襲の上で交渉ってとこが妥当だろう。かなり有利な交渉材料もあるしな」
「ふむ」
その時、突然近くに砲弾が着水する音が響き渡った。たちまち船内が大きく揺れる。
「何だ?どうした?」
ハインガジェルの怒声に被さるように甲板から悲鳴のような怒号が聞こえる。
「海賊だ!」
「女海賊サフランだ!」
「何?何でこんなところで!」
慌ててハインガジェルが甲板へ向かうのをクルゼンシュテルンも後を追う。
「何事だ?」
「サフランだよ。この辺りを牛耳ってる海賊の一大勢力だ。また、面倒な事に……」
2人が甲板に出たところで、辺りは激しい砲撃戦となっている。今のところ互いの距離があるためにどちらも致命的は損傷が無いのが救いだった。相手の船を透かしてみると、船の中央に陽を浴びてオレンジに輝く髪を乱した女丈夫の姿が見えた。
「あいつ……」
ハインガジェルの姿が見えた途端に船長が側に駆け寄って来た。
「おい!ハイン!あれを何とかしてくれよ。サフランじゃねぇか。わしは苦手じゃ」
「分かった分かった。場所空けろ」
船の乗組員は何らかの形で一度はサフランに酷い目に合わされた奴らばかりだ。ハインガジェルは操舵手を押しのけると、蛇輪の前に仁王立ちになり声を張り上げた。砲声を縫ってその声は良く通る。
「サフラン!砲撃やめろ!何の用だ!」
その声に気づいたのかしばし相手からの砲撃が止む。ハインガジェルは船長に合図してこちらの砲撃も止めさせる。その間に両船の間が一気に縮まった。見るからに立派な海賊船の甲板にはずらりと歴戦の海賊達が半月刀を手に今にもこちらに飛び掛らんばかりである。
「これは久しぶりだな、馬鹿兄者!最近この辺りで断り無く海賊行為が多発していると聞いて、様子を見に来たら勘当された兄者に会うとはな!いったいこれはどういう事だ?事と次第に寄ったらその船沈めるぞ」
(うるせーな)
ハインガジェルは心の中で舌打ちをしたが、回りの目を思い出して胸を張った。
「この船は大陸の覇者ナイジェルニッキ殿の旗艦である。海賊に海賊呼ばわりされる覚えは無いぞ」