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隣の船に移動して、目の前の2人をかわるがわる見つめてエスネン公国公主カイズン・デラ・ナイジェルニッキの瞳は不思議そうにも面白そうにも見える光り方をした。
「不思議なところで会うね。エトワール」
ばつの悪そうな顔をしながらエトワールはナイジェルニッキに近づいて行った。どの道、狭い船の中であればいつまでも顔を合わさない訳にはいかない。
「今までどこに隠れていたんだい?エトワール」
「あちこち、色々と」
歯切れの悪いエトワールとは違い、どこまでもナイジェルニッキはこの状況を楽しんでいる風である。
「ついに化けの皮がはがれたわね!あなたが悪者の一味だってお母様に言うわ!」
すぐ隣でエトワールに向かってエディラが悲鳴の様な叫び声を上げる。ナイジェルニッキが興味を惹かれた様にこの赤い髪の少女を見つめる。何かその頭で閃いたことがある。ふと、モカルの瞳が曇った。
「海上で茜色の髪と言えば、こちらがフェナ直系の血筋の君かな?」
「御意。偶然にですが、イングリア探索の折に王位継承者の姫君に出会い、こちらにお連れしました」
「そうじゃなくて、誘拐だろ!」
思わず声を荒げるエトワールにクルゼンシュテルンが渋面を作る。ナイジェルニッキがエトワールに近く近く顔を寄せる。琥珀色の瞳に金の粒をまぶした様な光が混ざる。
「ふぅん?つまり、君はかの国の女王陛下と非常に親しいと言うわけだね」
「カイ……そういう事じゃなくて……」
エトワールは次第に頭がぼんやりとする気がするが、頭を振って言葉を続ける。
「クルゼンシュテルンのしている事は、敵対行為だよ。すぐに止めさせて姫君を国に帰してあげてよ。こんなところにいるなんて、分かったらイングリアの国がただじゃ置かないよ」
くすくすと、喉の奥で笑いながら、ナイジェルニッキはエディラを見ながらクルゼンシュテルンに声をかけた。
「今までの下準備ではイングリア女王、ファナギーア殿に正当な王権継承者である私ナイジェルニッキに王位を返還するようにとの親書を送ったところまでは進んでいるね?そして王位継承者にフェナ直系の血が必要だというなら、あなたを娶っても良いという条件付きで」
「御意」
「何を言ってるんだ!?どこをどうしたら、カイがイングリアの王位継承者になるんだ?」
「エトワール。シィエン叔父上がイングリアの国王となったのなら、その後を私が継いで何がおかしいんだい?」
「いや、ちょっと、待って。話が飛躍しすぎじゃないのか?」
混乱するエトワールを無視して、ナイジェルニッキは続ける。
「直系の血筋にこだわるのだったら、娶るのはその娘でも何の問題も無いね?クルゼンシュテルン」
その言葉にはっとクルゼンシュテルンの瞳に闇がかすめるが、何も言わずに首肯する。ナイジェルニッキは自分の思いつきを反芻するように海上遥か先へ視線を送っていた。




