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「ご無事でなにより」
2隻の船が近づいて、渡し板が渡されるのを待たずにクルゼンシュテルンは舷側を飛び越えてナイジェルニッキの前に跪く。ナイジェルニッキもその様子を目を細めて眺めていた。
「よくこの広い大海でこちらを見つける事が出来たな」
「これが真っ直ぐ御前まで導いてくれました」
ナイジェルニッキの問いにクルゼンシュテルンは懐からなにやら肉の塊らしい物を取り出した。不思議と血が滲んでもおらず、それは傍目にも分かるほど拍動している。ナイジェルニッキは得心したと言わんばかりに頷くと、クルゼンシュテルンに目で合図をする。クルゼンシュテルンはそっと傍らのモカルの胸にそれを近づけた。
(何?あれ)
ヴァーサは少し離れて見守る中、それは更に力強く脈打ち始める。モカルが軽いめまいを起こしたのかふらふらとしていると、どこから取り出したのかナイジェルニッキが白い羽を手にモカルに近づく。その羽の大きさからかなり大きな鳥の羽と思われた。その羽で肉の塊をさっと一刷きすると、クルゼンシュテルンは有無を言わさずモカルの胸に強く押し込んだ。モカルの体は何度か大きく震えたが、やがてそれはぴたりと止まり、初めて目覚めたかのようにその大きな瞳をぱっちりと開いた。何度か瞬きを繰り返す。まるで白昼夢から醒めたと言わんばかりだった。
(まさか……心臓と体を分けて、その引き合いで位置を確かめたって言うの?)
ヴァーサの体は知らず総毛だっていた。
「体に異常は無いか?」
ナイジェルニッキがモカルに問うと、モカルは小さく「はい」と答えた。
「我が君には、手土産がございます。まずはあちらの船にお移りください」
「どうした。お前にしては珍しいな」
そういいながら、モカルを先頭にナイジェルニッキはクルゼンシュテルンが乗って来た船へ渡っていく。
(ちょっと、どうなってるの)
状況が見えないヴァーサは一人焦っていたが、向こうの船の甲板に現れた人影に息を飲んだ。それはイングリア王女エディラと宮廷楽師にして女王の愛人と噂されるエトワールの姿だった。
(まさかと思うけど、あの楽師王女を誘拐したって事?)




