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風に乗って航海は順調と言えた。ザルベッキアを出航してからも好天に恵まれ旅は快適そのものである。しかし……、とヴァーサはそっと周囲を見回す。それなりに良い船だと思う。しかし船員の質が驚く程悪い。好天続きだから良いようなものの、小さな嵐一つでも先行き難儀しそうな操船術だった。
(こんなんだったら、あのダメな奴らの方がよっぽどましね)
流石に口には出さずに、ヴァーサはひとりごちた。
(船長は名ばかりの船員に毛が生えた程度ね。船員もどこで揃えたんだかって感じだし。郷に帰れればって思って飛びついたけど、失敗だったかしら)
その時、扉が開いて船内から一団が現れた。途端に船長が慌てて側へ駆け寄るが、格の違いがあからさま過ぎて返って気の毒である。その中の一際目立つ美丈夫にヴァーサの目は吸い寄せられる。内陸の出身らしく、蠟の様に白い肌が日差しに映えて輝くばかりである。
(ナイジェルニッキ……、ね)
ヴァーサがどう取り入ろうかと思案していると、側にいた少年が突然胸を押さえて苦しげに呼吸を始めた。その瞳は相変わらず夢見るようである。
「モカル、どうした?」
ナイジェルニッキがその体を抱き起こそうとして、はっと気づく。モカルはよろよろと右舷の舷側に掴まり
、更に手を伸ばして海面へ身を投じようとしていた。慌てて数人がそれを取り押さえる。そして、モカルの手が指す先に一つの船影が見えた。ナイジェルニッキはその船影へ近づくように船長へ告げた。
(ちょっと、ちょっと!身元も分からない者に安易に近づいて大丈夫なんでしょうね)
ヴァーサは毒づくが、周りに合わせて操船に加わった。じきに、相手側の船も気づいたと見えて、お互いの距離が一気に縮まる。その船体を見て、ヴァーサは息を飲んだ。
(何で、あの船がこんなところにいるのよ!?)
それは<我が女神号>に砲撃を仕掛けてきた、あの船だった。