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サーリアの呼びかけにやや驚いた顔をしたファランだったが、ゲオルグに問いかけた。
「あれがあなたのお相手?」
まじまじとファランとサーリアの顔を交互に見てゲオルグが真顔で応じる。
「見覚えがあるが、多分違う」
「本当に憎らしい口ね」
ファランがゲオルグの頬をつねる。ゲオルグが顔をしかめてみせるがファランの機嫌は直っていないようだった。
「お前はどうしてこの船にこだわるの?どんな因縁があるというの?」
やや声を張り上げてファランが海上のサーリアに問いかける。
「それは……」
口ごもるサーリアの様子にいてもたってもいられなくなってサグレスが割り込んだ。
「ちょっと待てよ!いったいどういう事なんだ?あの子とお前は何の関係があるんだよ!?」
「いや……多分、無いな」
「なっ!」
はぐらかすようなゲオルグの胸倉を掴みかからんばかりのサグレスを、慌ててイーグルとエスメラルダで取り押さえた。エスメラルダに気づいたファランが声をかける。
「あなたも大丈夫そうね」
「おかげさまで……」
エスメラルダの表情には微妙な揺れが浮かんで消えた。
「とはいえ、約束は約束。女の気配が漂うこの船に海王が気づく前に何とかしないと……」
その時、船室から続く扉が開いた。
一足先に食堂を出たシナーラはひっそりと船倉へ潜り込む。人数が少ないので見咎められないとは思うが、シークラウドに気づかれないようにするための細心の注意を払ったつもりだ。
コンコン、ッコン
一定のリズムで床を叩くと奥からひょっこり頭が覗く。シナーラを見とめると嬉しそうにナリュが飛び出してきた。
「こんな狭いところにいつまでもごめんね。明日には外海に出ると思うから、そうしたら外に出してあげられるから」
「うぅん。大丈夫」
シナーラは持ってきた穀物のパティに生野菜と干し肉を挟んだ自分の昼食をナリュに手渡した。一緒に真水の瓶も渡す。ナリュは嬉しそうに受け取って口にする。
万一の為に、倉庫の保存食の場所は教えてある。しかし、まだ出航したばかりの船の食事には生の野菜が十分に供されていた。シナーラはそれを目を盗んではナリュに届けていたのだ。
ふと、ナリュがパティを半分に割ってシナーラに渡す。
「全部食べて良いんだよ?」
「一緒に食べると美味しいよ」
にっこり微笑むナリュに少し照れながら、パティを受け取ったシナーラは並んで食べ始めた。ふっと和んだ空気に包まれていた……と思う間もなく、甲板の騒ぎが伝わってきた。その様子に耳を澄ましていたナリュが何かを感じとったらしく、その体が小刻みに震えだした。一瞬迷ったシナーラだが、行かないわけにはいかない。立ち上がったところでナリュが裾を引っ張った。
「一緒に、連れて行って……」
「でも……!」
静かに首を振るナリュの体の震えがシナーラにも伝わって来た。