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我先にと甲板に飛び出して、サグレス達は目を疑った。順調な航海を続けているばかりと思っていたがいつの間にかピタリと船が止まっている。先を走っているとばかり思っていた商船も少し先で同じように止まっている。しかし、前にであった凪と違うのは帆が風をいっぱいに孕んでいるにもかかわらず船は全く進んでいないのだった。
甲板に出てやがてその訳が分かった。船の周りの海面がそよとも波打っていないのだった。見わたす限り鏡面の様な海の面が広がっている。その異常な状態を飲み込めないでいる内に、背後にはイーグルとエスメラルダが現れていた。
舳先の獅子像に嵌め込まれた義眼がギラリと光る。エスメラルダが船べりに手を掛けて海面を覗き込んだ途端に海上の様子が変わってきた。
次々に泡立つように波が立ち、その後にはいくつもの頭が浮かび上がってきた。見回せば周囲を大勢に囲まれている形になっている。海面に隠れてはいるが、時々露になるその下半身は魚のヒレの輝きを見せている。
「なっ……」
良く良く見ればそれは人魚の群れだった。遠目にも商船の船員がパニックに襲われているのが分かる。海面を見回すエスメラルダの視線が止まった。その目に感情の色は無い。それに気づいたイーグルも凍りつく。そして、相手もそれに気づいたようだった。
彼女は少し微笑むと怒気を含んだ声を上げた。
「あの浮気者はどこ?その船にまじないをかけた時、女は乗せないでって言ったはずよ」
途端にエスメラルダが不審気な表情を作る。
「その約束は忠実に守られています。何かの間違いではないでしょうか」
「そんな事、あの人が一番良く分かっているはず」
ちょうどその時、船内からゲオルグが姿を見せた。置かれた状況に少しは驚いたようだが、すぐに人魚の群れからエスメラルダと話す相手を見つけ出し、破顔する。手を差し伸べようとしたところで相手が応じて、海面から飛び上がり、尾びれの一打ちで甲板の上に飛び乗っていた。すぐさま嬉しそうにゲオルグが近づき抱きしめる。お互いが熱い抱擁を交わした後に、ゲオルグの頬に平手打ちが飛んだ。
これには全く警戒してなかったゲオルグの頬からは盛大な音が響いた。