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「後は任せる」
ゲオルグは見送りの列が切れた途端に用事は済んだとばかり船内に消えて言った。既に上着は脱いでいる。その後ろ姿を見送っているエスメラルダをイーグルは呼び止めた。
「後はどうする?」
「そうですね」
見回すと曳船の船長に小銭の入っているらしい小袋を投げ渡しているシークラウドが目に入る。彼は続けて商船に声を掛けていた。
「あれが終わるまで、小休止ですかね」
「そうだな」
イーグルは手を振って士官候補生たちを船内へ向かわせた。彼らは大騒ぎしながら船室へ入っていく。
シークラウドの方は大忙しだった。曳船に駄賃をやった後、商船から航路を聞き出す。顔なじみの船員がいるのが儲けものだった。
「よぉ!大将。景気はどうだい?」
「あんまり良くはねぇな。最近はたちの悪い海賊が出るんで、途中まででも同行してもらえるんは心強いや」
「そんなにたちが悪いのかい?」
「そうさな。今までは、積荷を盗ってもまぁ3割り位で済んでたんだが、近頃は洗いざらいだわ、逆らえば刃傷沙汰やらで終いには船まで沈めて行きよる。見つかったら最期ってんで船員もよう集まらんわ」
「何だかぶっそうだな。まぁ途中で出会ったら、俺ら囮に全速力で逃げるんだな」
「悪いが真面目にそうさせて貰うわ。頼んだで」
シークラウドは馴染みの船員に手を振って別れた。
船倉にあるねぐらに戻ったサグレス達は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
「ねぇねぇ。エスメラルダとあのおっかない人、英雄の末裔だったんだって!?」
「会議で何の話が出たんだ?」
「俺たちデワルチの実家のお店に行ったんだよ。凄い大きいの」
「グロリアは何してたの?」
それぞれが口々に言いたい事、聞きたい事を口に出すので、収拾が付かない。それでも出航間近の安心感に満ち溢れている。まだまだ道のりは遠いとは言え、向かう先はイングリアなのだ。
「ゲオルグとエスメラルダがカッコ良かったんだよ」
シナーラが目をキラキラさせながら、話しだすと皆が先を促した。評議会での話は一番皆が聞きたかったところだ。議場に入った時の評議員の態度と2人の出自が明らかになった途端の手のひらを返したような態度には皆腹を抱えて笑い転げた。
「俺はあいつはどうにも信用ならないけどな」
ぶすっと呟くサグレスにグロリアが聞き返す。
「あいつって、もしかしてゲオルグの事?」
頷くサグレスにデワルチが突っ込みを入れる」
「どちらもイングリアきっての名家で王室を補佐する家柄の跡取りって事は、小さい時からそれ相応の訓練は受けてると思うぜ。だから、何でも器用に出来るんじゃなくて、出来るようにさせられてるんじゃないのか?」
「そうですねぇ」
誰の胸にも王室を襲った暗殺事件が思い浮かぶ。あれだけの事件の後に何の対策も打たないはずが無く、あの2人が相応の努力をしてきた事が容易に想像できた。
「出航!持ち場に着け!」
甲板上からイーグルの声が届いた。話を打ち切ってサグレス達は我先にと甲板へ向かう。同行する商船は少し先を進み始めている。
全員の力を合わせて解帆作業を行い、錨を引き上げる。じきに<我が女神号>は風を孕んでゆっくりと動き始めた。今日は良い風が吹いている。順調な航海が送れそうだった。