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 今日の海上は面白いように晴れている。それ程大きくは無い船だが滑る様に海上を走り、吹く風が気持ち良い。慌しい早朝の出航作業が終わり、甲板は落ち着きを取り戻している。既に見わたす限りの大海原だが、その経験が国を目指している事を感じ取っている。

 今、異国の船に乗って祖国イングリアを目指しているのはヴァーサだった。あのザルベッキア評議会の宴を上手い事切り上げて、そのまま部屋へ戻った振りをして人知れず逃げ出したのだった。

(全くあんな恐ろしいところに戻らずにすんで助かったわね。上手くすればあいつらよりも先に国に帰れるかしら)

 既に夜半を回った頃だったが、乗り組める船は無いかと物色している最中にイングリアへの水先案内人を探していると聞きつけ、渡りに船とばかりに話に乗ったのだった。お誂え向きにそのまま早朝に出航だと言う。こうして、運よく帰国の船に乗り組み甲板で一休みと言ったところだ。風向きも良く、船足もそこそこ速いとあって順調な船旅になりそうだった。しかし、船員と言うと皆一癖も二癖も有りそうな者ばかりで、どう見繕っても海賊崩れか、町のごろつきと見える者ばかりだったのが少し気に掛かると言えば気に掛かる。とはいえ、ヴァーサも元々は海軍将校で腕に少しばかり自信はあったのでそれ程気にはしていなかった。


 そのうち船内から何人かが甲板へ上がってきた。中の一人は着ている物や所作などから人目で位が高いのが分かる。自分を雇った男が一緒のところからも恐らくこの男が本来の雇い主であろう。すかさずヴァーサはその一団に近づいていく。

「お会いできて光栄です。殿下」

 精一杯の笑顔を作ってヴァーサがイングリア海軍式の敬礼をする。相手の目が冷たい視線から一瞬面白そうに光る。男は紙の様に白い肌とくすんだ髪を伸ばしていて、後ろで一つに束ねている。少し細面の美丈夫と言ったところか。着ている物は大陸奥地の物なのか、地厚い生地を何層にも重ねていて、今の気候では少し暑そうだったが汗一つかいてはいない。

「ナイジェルニッキ様。この男が今回の水先案内人です。イングリアの脱走兵だそうです」

「そう。ここからイングリアは遠いのかい?」

「いぃえぇ。この天候でしたら、数日の内には着きましてよ」

 その言葉が終わる前にナイジェルニッキは腰の剣を抜きヴァーサの鼻先に突きつけた。

「では4日で頼む」

 ヴァーサも咄嗟に腰の短剣に手を掛けたが、間に合うはずもない。しかし、その動きを察知したのか側に控えていた小僧がヴァーサの剣の前に立ちふさがった。それはあたかも我が身を犠牲にしても主を守ろうとする姿だった。

「いいよ。モカル。下がって」

 モカルと呼ばれた少年は軽く頭を下げると元の位置へと戻る。こちらは華奢で少女と言っても通りそうな可憐な姿だった。丸腰なのに剣の前に臆することなく身を投じる辺り、殺気の一つも発しそうだがその瞳は夢見るように空を見つめている。

 そして、ナイジェルニッキは薄く笑うと、ローブを翻して甲板を後にした。一団も後に続く。中の一人がすれ違い様にヴァーサに耳打ちをした。

「変な気は起こすなよ」

 後には一人、ヴァーサが残された。

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