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 議場には重苦しい空気が流れている。アーディ宰相の手には今読み上げた紙があった。何度目を落として読み直してもそこに書かれている内容は変わらない。

(エスネン……)

 遠く離れた大陸の内奥の国にどの様な因縁があるというのだろうか。

 あの日。手塩に掛けた我が子を不意に奪われたあの日。思い返すだけで胃の腑が焼けただれる様な痛みがぶり返す。永きに渡る盟友であったシスヴァリアスも共に奪われた。前王崩御の後を継いで暫定王として立ったシィエン国王を武官文官として両脇から支えるために己はその責を息子に譲り、シスヴァリアスは提督として残ったのだった。それは一見上手く行ったと思われた。国の代替わりの混乱に乗じる内外の輩の思惑を超えて国の守りは一層固くなったと信じるに足る差配であった。

 その祝いの一席。ささやかに内輪でと言う国王の配慮で開かれた卓に付いた者は皆息絶えた。幼い孫のエスメラルダを除いて。

 新王暗殺の報を受けて、大陸各国が動き出すのに時間は要らなかった。隷属の時代の再来かと思われたが、しかしイングリアは持ちこたえたのだった。女王として王位を継いだファナギーアはすぐに国中に檄を飛ばし呼応した各地の領主が要所要所を固め数々の敵に上陸を許さなかったのだ。

 そして、まさに鬼神の勢いで海上を駆け巡る海軍を指揮したのが若きシスヴァリアスとその友セドフだったのだ。セドフは怪我を押して戦うシスヴァリアスを良く補佐し、終わった後にはイングリア海軍と言えば「女王陛下の無敵艦隊」とまで呼ばれるまでになっていたのだった。

「……アーディ?」

 呼ばれてはっと宰相は手紙に落としていた視線を上げた。ファナギーアと目線が絡み合う。女王の目は不審気な空気を帯びていた。慌てて、もう一度手紙に目を落としてから、話を続ける。

「これはエスネン公国からの正式な書簡で間違いは無いと思われます」

 騒がしかった議場は更に一層騒がしくなる。誰もがエスネン公国などつい最近まで名さえ知らない国であったし、今でもシィエン様の生まれ故郷位の認識しかない。それ程イングリアからは遠く離れた国なのであった。

「しかし、その内容はにわかには信じがたい」

 北の岬一帯の領主でもある、テルミナ・エルデが異議を唱える。アーディも同じ気持ちではあるが、手紙に書かれた内容が変わるわけでもない。

「王女エディラ様の行方も知れない今、この内容は非常に重いと考えられます」

 議場がますます騒がしくなってくる。みな口々に意見を述べているが、拾い上げる価値がある物言いなど何も無い。

「結局のところ、シィエンの国となったイングリアをその親族のナイジェルニッキとやらが正当な後継者として相続し、ついでに妾も貰ってくれようと言う事なのかの」

 面白くも無さそうにファナギーアが呟くと、みな口を閉じた。詰まるところ、そうなのだった。ファナギーアが娶る相手が王位に付く事が可能なのである。ナイジェルニッキの親書にはシィエンの王位継承者としての権利が自分にはあると主張している。権利を行使するのに必要なら武力を持ってと記されていた。そしてイングリアの跡継ぎであるエディラ王女は今だ行方不明である。


 手にした扇を閉じると、ファナギーアは議場を見わたした。

「戦争か恭順か」

 一同は静まり返り互いの顔を見合わせる。

「まずは、相手の状況を探る必要があるかと思われます。確かな筋の情報によると、ここ最近ザルベッキアから何艘か我が国を目指して出航した船があるようです。また我が国を装って他国の船を襲うなどの行動を起こしていると言う報告もあります。誰かが海賊崩れを集めていると考えるのが妥当かと」

 口を開いたのはシスヴァリアス提督だった。

「その件、そちに一任してよいか」

「はっ」

「必要なものは?」

「片腕を一人……」

 その言葉にシスヴァリアスの影に隠れるように立っていた男が膝を折る。セドフだった。議場が微かなざわめきに包まれる。

「任せる。一人といわず好きなだけ使うが良い。異論は無いな?アーディ」

「お心のままに」

「手紙の返事はそなたに任せる」

 そう言い置いて、ファナギーアは席を立つ。アーディ宰相は無言で頭を下げた。議会は終わった。エディラの事をおくびにも出さないのは流石と言うべきか。

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