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サランドラの輝く金の髪を見送っていたゲオルグに、しばらくしてからロクゼオンは肩を叩いた。
「なるほどね」
ロクゼオンは破顔すると、そのままゆっくりと歩き出す。背中越しに声が届く。
「次に寄港する時を楽しみにしていてくれ。きっとお前を悔しがらせて見せるから」
ロクゼオンは片手を挙げて消えて行った。
「中々気難しいんだがな。あれでも」
ぽつり、とゲオルグが呟いたのが風に乗ってサグレスの耳に密かに届いた。
本当はゲオルグがサランドラを迎えに来るつもりで準備していたんじゃないだろうかとサグレスはふと考える。でも、そうできない何かがきっとあったんじゃ無いだろうか?
ゲオルグは軽いため息をつくと、船を振り仰いだ。
船首にいるエスメラルダは影になって表情が見分けられ無かった。
次第に朝日に靄は追い払われ、今日はよく晴れそうだった。
「総員甲板に集合ー!」
よく通る声が船内に響く。シークラウドだろうと気がつくと、シナーラはそわそわと立ち上がった。
「また様子見に来るからね」
ナリュを物影に押し込みながら、シナーラは足りない物は無いかと頭をめぐらせた。自分に思いつく限りの事は準備したし、簡単にだが船での生活も教えたつもりだ。とにかく外海に出てしまえばこっちのものだ。
はしご段に足をかける前に一度だけ隠れ場所を振り返ると、ナリュの姿が見えない事に安心してシナーラは船倉から甲板へ向かって駆け上がって行った。
甲板にはそれぞれの役目を終えた順に集まっているらしく、まだ一番最後という訳では無かったことがシナーラをほっとさせた。すぐに出航の準備に加わる。
じきにサグレスの姿も見つけたが、昨晩の事があるせいか近くには寄って来ない。シナーラとしても余計な詮索をされない事を思うと、その方がありがたかった。
航路の相談でもしているのか、ゲオルグがイーグルとエスメラルダを交えて何か話をしている。
港を抜ける風が少しずつ、朝の凪から北への風を強めている。出航には良い日取りと言える天候になりそうだった。
サグレスは見るともなしに港を見た。自然と「山吹の子猫亭」の姿を探してる自分に気がついた。
たった数日の滞在ではあったが、しかしこの寄港はサグレスに強烈な印象を残していたのだった。
「ヴァーサ殿はどうします?」エスメラルダの声が聞こえる。エスメラルダの騒動の間にヴァーサの姿はすっかり消えていた。少し迷ったようだが、結局ゲオルグは決めた様だった。
「出航する。イングリアへ!」
その一言で、みな持ち場へ付くために甲板を散っていった。