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室内の空気を知ってか知らずか、ロクゼオンは靴音を響かせてガサラフの前に立つと大仰に一礼した。すかさず隣のアクセオールが睨みつけた。最近、民衆の人気が上がっているこの一番若年の評議員を密かにアクセオールは脅威に感じている。同じオールアの家系というのも引っかかる。
「今まで何をしていたのだ。とうに刻限は過ぎておろうに」
「あぁ?その事か。これでも新米だからと知らせを聞くとすぐに参上したのだが、一向にどなたも現れない。こいつは昼を過ぎるなと、腹ごしらえに出たのだが。今度はちと遅れたかな。次からは緊急の呼出しには時間直前に寄越してくれ」
アクセオールの瞳が火を吹きそうな色を湛えたが、ロクゼオンは何処吹く風でさっと踵を返した。他の評議員達が略式の出で立ちであるにも係らず、正装に近いロクゼオンの言葉はあながち嘘には聞こえない。これで剣でも帯びていれば、そのまま戦場にでも出て行きそうである。大陸中の情勢が不安定な時期でもあり、見るからに頼もしく見えるその姿に民衆の人気が集まるのもなるほどと頷ける。
しかし、その足は突然一人の使者の前で止まった。その瞳が面白そうな光を湛える。
「これは、これは。覚えておいでか?シスヴァリアスの若き後継ぎ殿?」
座の誰かが息を飲む音が聞えた。その一部始終を固唾を飲んで見守る一同に十分な間を与えて、ゲオルグと名乗った青年が軽く頭を下げる。その仕草は幾分芝居がかって見えた。胸の階級章が殊更光る。
「実の兄とも慕った卿を見忘れるものですか。卿も息災にて何より」
その答えに満足したようにロクゼオンは歩みを進めようとして、ふと傍らのエスメラルダに向き直る。 今度は大仰に驚いて見せた後、少し難しい顔をして話し掛けた。
「こちらは、もしやイングリア随一の宰相アーディ卿のご子息であられるか?留学した折に遠くからお姿を拝見したきりだが、是非一度間近でお目にかかりたいと切望していた由、このような好機が訪れるとは。イングリア宮廷も粋な計らいをしてくださる」
「ロクゼオン!席に着け!」
甲高いアクセオールの怒声を背中越しに聞きながら、ロクゼオンは片目をつぶると堂々と自席に向かった。エスメラルダも薄く笑いながら頭を下げた。場内は無言のざわめきに満ちている。
ガサラフはロクゼオンが突然言い出した事の真意を測りかねていた。