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「あれも違う……」
早朝の朝靄を縫って滑る様に、一隻の船がザルベッキアの港を出て行く。それほど大きな船では無いが船足はかなり速い。
波の間に間にたゆたいながら、若い人魚は靄に霞む港を振り返る。港に入るところまでは見ていたが、大海と違って人間に見咎められる恐れのある港の中までは行く事が出来ない。
そもそも、陸地に近づく事は禁止されているというのに、こんなに近づいていることが知れたらどれほど叱られるだろう?でも、何故いけないのかは実は良く分かっていない。
突然、長い髪が強く後ろに引っ張られる。急な事にそのままずるずる水中に引き込まれてしまった。慌てて振りほどこうと振り返った視線の先には、良く見知った顔があった。姉のネルフィだった。
「サーリア!こんなに陸地に近づいたらダメじゃない。海王様がどれほど悲しまれるか」
振り返ったサーリアと共にネルフィは海面へ顔を出すと、サーリアの肩を強く揺さぶった。
このそわそわした気持ちをどう伝えれば良いのか分からずにサーリアは黙ってしまう。
サーリアの無言をどう受け取ったのか、ネルフィは今、離岸していった船を見送って身震いを一つした。
「あんな禍々しい気を宿している船なんて見てどうするの。きっと魔天使のまじないが掛かっているに違いないのよ」
サーリアもどんどん離れていく船の気があまり良く無かった事を感じていた。そんな船にはあの人に近づいて欲しくないと思ってしまう。
上の空のサーリアを見ていてネルフィの心配は頂点に達してしまう。
「私達は海王様の夢の飛沫から生まれた泡。私達が良く似ているのは海王様が見る夢は大地の女神の夢だからなのよ。すべては海王様のお望みの通りでいないと」
そうだった。私達は良く似ている。女神様の似姿に。海王様が私達を見て微笑むのが嬉しかった。この間までは。
「でも……」
今はあの人の姿が見たい。少しでも側に行ってみたい……
サーリアの様子を見てネルフィは後悔していた。陸の姉さまの話なんかするんじゃなかった。サーリアが船に興味を持ったのはそのせいなのだろうとネルフィは考えていた。
陸の姉さまの想い人の話はサーリアの胸にどんな思いを焼き付けたのだろうか?堪らなくなってネルフィは強くサーリアを海中へ引き込んだ。
「もう、帰らないと」
その様子にはっと気づいたようにサーリアも頷き、一度だけ港を振り返ると海底深く潜って行った。