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早朝というには早すぎる時間に港に着いたシナーラとナリュは本人達の心配をよそに、誰にも見咎められずに<我が女神号>に辿り着いた。渡り板は外される事無く、桟橋に渡されたままである。港には適度に朝靄がかかり、物陰に潜んでいれば目立つことは無い。そっと上がったシナーラが甲板を見回しても周囲に人影は無く、港も船もまだ眠っているようだった。シナーラの合図に甲板に上がって来たナリュを連れて、シナーラはそっと船内へ入っていった。
船内にも人気は無く、残っているはずのシークラウドの姿も無い。
「こっちへ」
不思議に思いながらもシナーラは小声で囁くとナリュを連れて、船倉の一つに潜り込んだ。そこは既に積み込みが済んでいるらしく、様々な物が整然と積み上げられている。初めて見る光景にナリュは心細げに周囲を見回していた。
「ナリュ。出航までここに一人で隠れていられる?外洋に出てしまえば、見つかっても戻されたりしないと思うから……」
「うん」
ナリュは精一杯の笑顔で肯いた。不安げなその顔を見ているとシナーラの心は痛んだが、あえて無視してナリュのために居心地の良い居場所を作り始めた。シークラウドは案外勘が鋭いので余り余計な事を出来ないが、ざっと見たところここにあるものは殆どが修繕のための道具のようなので出航してすぐ必要になるとも思えなかった。恐らくここに注意が向くのは大分先だろう、そうシナーラは一人ごちて作業を進める。
細々とナリュに船での注意を与えていると、やがて外が騒がしくなって来た。物音の様子から、荷物を運び込んでいるようだった。
「あ、そうか。積荷の確認でシークラウドは港に降りていたんだ」
シナーラは自分の幸運を感謝した。いくら人気が無いとはいえ、船内でうろうろしていれば気がつかれないはずがない。シナーラ達が港で船を窺っている時にシークラウドは港に降りて、近くの倉庫にでもいたのだろう。靄が上手い具合に二人を隠してくれていたのだった。
「食料と水を手に入れなきゃ……」
この後しばらくシークラウドが船を離れる機会は無いだろう。今のうちに動かなければじきに皆が戻って来て出航の準備に追われることになる。今しかチャンスはなかった。
「さっき言ったように、ここに隠れていて。すぐに戻るから」
「うん」
ナリュが急ごしらえの隠れ家に潜り込むのを見届けて、シナーラは甲板へ向った。
「もう、戻っていたのか」
甲板に上がって来たシナーラを驚いたようにシークラウドが呼び止めた。案の定シークラウドは食料品の検品をしているところだった。シナーラは船を降りる口実を探した。
「ははぁーん」
気まずそうな表情を浮かべているシナーラをどう取ったのか、シークラウドはニヤニヤ眺めている。対照的にシナーラは顔が赤らむのを感じた。
「お前なぁ。朝まで居られなかったのか?ま、しょうがないか。初めてだもんな」
「な、何の話ですか!?」
「いーや別に。山猫に行ったんだろ」
「え?」
その途端耳まで赤くなったシナーラに、ゲラゲラ笑いながらシークラウドは続けた。
「あー丁度良い!お前ひとっ走り品物受け取って来い」
「え?おれ?」
「いくつか足りないものがあるんでな。グロリアのヤツに行かせようと思ってたんだが、まだ戻って無いんだ。まぁ、気を利かせたと思ってありがたく行って来い」
「何で……」
しかし、こう都合良く船から出られる機会がそうそうあるとは思えない。シークラウドの笑いが癪に障るが、シナーラはシークラウドの指示に渋々従った。