表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/106

22

 闇の中、サランドラは静かに手を滑らせた。滑らかな指先に規則的な呼気が伝わる。その指先に僅かに引っかかりが感じられた。ほの灯りに透かしてみると、そこには引き攣るような傷痕が浮かび上がっている。まだ真新しいそれは、何かの拍子に開いてしまいそうにも見える。

「酷い傷」

そっと労わるように傷痕を辿っている白い手がやがて大きな手の平に包み込まれるように止められた。サランドラの頭がゲオルグの裸の胸に預けられる。

「起こした?」

「いや」

 ゲオルグは空いている手でサランドラの滝の様に流れる髪を撫で始めた。その顔半面を覆う傷以上に大きな腹部の傷痕にそっと触れながらサランドラは囁いた。

「……もう、海に出ないで」

「……」

「また、こんな事があったらと思うと……私……」

 サランドラの悲痛な呟きは、ゲオルグの唇に吸い込まれた。長い口付けの中でサランドラは悟った。何かが一つ変わっている。

「それでもあなたは、また海へ出るのね」

 ゲオルグの隻眼はサランドラの瞳を見つめている。その瞳をサランドラも見つめ返す。ゲオルグの瞳に熱が無い事に気づいてしまう。

「あなたの恋人はいつまでも海。いくら想っても、ここへは時折立ち寄るだけなのね……」

 サランドラは愛おしそうにゲオルグの頬に刻まれた傷痕を辿った。これが最後と分かっている。

「私、決めたわ。身請けの話が来ているの。それもお金持ちの後妻なんかじゃなく、娘として大事にしてくれるって。今まではとてもそんな気になれなかったけど、これで決心がついたわ。後でいくら手をついたって、振り向きもしないから」

 大きな瞳に涙を滲ませながら、サランドラは微笑んだ。その微笑をゲオルグは腕に抱きよせた。


 夜明け前、静かに起き上がった男をサランドラは見送らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ