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「階下のざわめきが一瞬にして静まった。階上の人影は豊かな金髪を揺らしながらゆっくりと階段へ脚を踏み出す。細い脚が白く輝いて見えた。
「あんたは気分が悪いんじゃなかったのかい?ねぇ」
とげとげしくロタが毒づいた。自信たっぷりに吐き出した甘えるような最後の言葉はゲオルグに向けられたものだが、ゲオルグの方はどう思っているのか微動だにしない。目に見えてロタの焦りが伝わってくる。室内の空気は凍りつくようだった。
「よく分からないけど、まずい雰囲気だよな……」
階上と階下を交互に見ながらサグレスは口の中で呟いた。どう見ても元凶はゲオルグにあるように見受けられる。しかし、静かに階下に降り立った女性を見てサグレスは思わず息を飲んだ。白磁の様な肌に大きな瞳は薄い水色。それがろうそくの光を受けてキラキラと輝いている。顔を縁取る金の髪は優しいウェーブを描いている。まさに名工の手による精緻な人形のようだった。
「サランドラ……」
サランドラと呼ばれた女は困ったような女主人に天上の使いも参ってしまいそうな蕩ける微笑を投げかけるとそのまま奥の卓に近づいて行った。その足取りは雲を踏むかのような軽やかさだった。その先には対照的に顔を強張らせるロタがいた。ロタがいくらきつく抱きついても一向にゲオルグは取り合わない。ロタの目に焦りが滲み始めた。
「お久しぶり」
卓の前に立ち止まり嫣然と微笑むサランドラの瞳にはゲオルグしか映っていなかった。
「あぁ、元気だったか?サラ」
そっとロタを押しのけるとゲオルグは立ち上がった。ロタの顔に憎悪に似た表情が浮んだが、それも一瞬の事で、ロタは諦めたようにその手を離した。反対に嬉しそうにゲオルグの腕を取るとサランドラはその体に寄り添った。一度ゲオルグが女主人を振り返った。
「そいつら初めてだ。よろしく頼む」
そして、そのまま二人が階上の一室に消えるまで魅入られたように誰も動く事が出来なかった。
「ちきしょう」
最初にその呪縛を破ったロタは振り向きもせず奥へと駆け去った。後に残された女達はその姿を呆然と見送った後、てんでに今の出来事を囁きあった。