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かなり気を使ったつもりだったが、意外に大きな音をたててその扉は開いた。悪態をつきかけたシークラウドはその時、エスメラルダがゆっくりと目を開いた事に気付いて慌てて枕元に近づいた。
「気分はどうだ?」
務めて何気なく尋ねるシークラウドを暫く不思議そうに眺めていたエスメラルダだったが、やがて周囲を見回すとぽつりと洩らした。
「また、迷惑をかけてしまいました……」
その翠緑の瞳は暗い影を落としている。
「私はその隣に並び立ちたいのに……あの人の様に。そうは思いませんか?」
手首に巻いた紅い腕輪を玩びながらエスメラルダは寂しげに呟いた。その腕輪は古びているものの、独特の色合いを放っている。
「思わないな」
「え?」
「俺の先祖がイングリアの英雄だなんて迷惑な話だ。俺は信じない。しかも裏切り者だなんて」
驚いたようにエスメラルダはシークラウドを見返した。彼はそんな風に思っていたのだ。いつもは悪戯っぽい光を湛えているシークラウドの瞳が今は強い光を宿している。
「誰もそんな風にザインの事を考えたりしてはいませんよ。彼は立派な建国の勇者です」
「関係ないね。必要なら自分の力でやりたい事をやる。見も知らぬ誰かと同じようにだなんてまっぴらだ」
思いもかけないシークラウドの言葉にエスメラルダは暫しその言葉を噛み締めた。
イングリア建国には5人の勇者が係ったと言う。ダイウェンとアーディは多くの兵士を率いて戦場を駆け巡ったとされる。
情報通のエンリアは一団に有益な情報をもたらし、何より老ガーヴィは心強い女神の支えとなったという。そしてその孫ザイン。彼は女神を想う余り重大な過ちを犯したと伝えられている。
しかし、その後の建国に最も腐心したのもまたザインであり、その咎は公にはされていない。
「そうですね……ダイもアーディも今はいないのですね」
ややあって、ぽつりとエスメラルダは呟いた。
「それにあいつはそんな事、考えてもいないな」
その寂しげな調子に合わせないようにシークラウドはわざと乱暴な口を聞いた。それに気付いたエスメラルダは小さく肯いた。自分だけが過去の英雄と己自身を重ね合わせていただだけだと分かっている。
暫くして、さり気無くエスメラルダはシークラウドの方を見ないで聞いた。独り言とも取れる聞き方だった。
「総長は戻りましたか?」
しかし、言葉を濁すシークラウドにエスメラルダは全てを察した。
「あそこへ行ったんですね」
再びエスメラルダの表情が曇った。