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外の様子を見に甲板に出たシークラウドは夕闇の中に騎馬が1騎で船に向って来るのに気付いた。他に追随する者はいない。やがてその背の見慣れた姿にシークラウドは気安く声を掛けた。
「よう、大将。首尾はどうだい?」
片手を挙げてそれに応え、馬から降り立ったゲオルグはシークラウドの手中の液体を見ると自分が飲まされたような顔をして呟いた。それは得体の知れない湯気を上げている。
「ラルダには効かないからやめておけ……」
聞こえているのかいないのか、シークラウドは甲板から暢気に手を振っている。
船内に落ち着いたゲオルグは憮然とした表情を崩さなかった。部屋には得も言われぬ匂いが満ちている。先にシークラウドが口を開く。
「ヴァーサはどうした?」
「逃げた」
「……え?」
さしものシークラウドも言葉を失った。それを見てゲオルグの目が初めて面白そうに笑った。
「どさくさに紛れて消え去った」
「あの野郎!じゃあ、向こうの返事は?」
「条件付だが、まあまあだな。セドフの予想した範囲だ。今、正式な書簡を作っているとの事だそうだからじきにに届けられるだろう。それより……」
ゲオルグが送った視線の先には昏々とエスメラルダが眠りに付いている。シークラウドは手元の瓶を振って見せるが、それには敢えて触れずにゲオルグは静かに立ち上がると、そっとその枕元に膝を着く。
「容態は一応安定している……と思う。一度も目覚めないが」
シークラウドの言葉に肯くと、ゲオルグはエスメラルダの額にかかる髪をそっと梳いた。肌が抜けるように白い。
「そんなに、無理、させてたんだな。可哀想な事をした」
自嘲気味に呟くゲオルグに答えるように、その時エスメラルダの瞳がゆっくりと開いた。煌く翠緑の輝きがゲオルグを認めると柔らかい光に変わり、じきに閉じた。
「大丈夫か?……エスメラルダ?」
ゲオルグの声音にシークラウドが顔を上げる。
「気がついたのか!?」
その様子に慌ててシークラウドが駆け寄って、エスメラルダをあちこち調べ始めた。やがて、一息着いて手を離す。場所を空けて様子を見守っていたゲオルグはシークラウドの肩を軽く叩くと立ち上がった。
「もう、大丈夫だな?では、もう一仕事済ませるか……」
はっと何かに気づいてシークラウドは振り返る。
「恨まれるぞ、置いて行ったと知ったら」
ゲオルグは扉をまさに閉じるところだった。
「最初にお前が連れてった奴らが残ってるぜ」
シークラウドの声が面白そうに後を追った。