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105/106

105

 街も港も真っ暗だった。国中が喪に服すために、灯という灯りを消して静かに悲しみを表しているのだった。空にはわずかな星明かりだけである。その暗闇が支配する港に一台の馬車が静かに入ってきた。停泊するいくつかの船を通り過ぎ、やがて馬車は<我が女神号>の横で止まった。

 しばらくすると、馬車の扉を開け閉めする音や港との渡し板を上がる音が響くのをエスメラルダは甲板でじっと聞き入っていた。そして、甲板に人影が降り立つのを感じた。

「お帰りなさい」

「攫って来た」

 それは何かを抱えたゲオルグだった。その姿にエスメラルダは恭しく一礼すると、甲板に設えた寝台を指し示した。ゲオルグがそっとその手にしたものを寝台に横たえると、エスメラルダが甲斐甲斐しくその姿を整える。星明かりに透かして見えるそれはファナギーアその人だった。

「俺が必要だと思う物は全部詰め込んだ。補修も済んでる」

 船内からシークラウドとイーグルが姿を現した。シークラウドは恐る恐るファナギーアに近づくと、その顔を覗き込んだ。しかし、自分と似たところがあるのかないのか、シークラウドには判らなかった。ただ、エディラに似てるなとは思った。

「俺は、郷に帰ろうと思う」

 イーグルがポツリと言った。

「そうだな」

 ゲオルグが一つ頷いた。恐らく誰も居ないイーグルの故郷は荒れ果てていると想像されたが、誰もその事は口にしなかった。

「俺たちはそろそろ行くぞ。また、海で会おう」

 船乗りがよく使う挨拶をしたシークラウドの表情は前髪に隠れてよく見えない。ゲオルグとエスメラルダも静かにそれに答えた。それからイーグルとシークラウドは渡し板を静かに降りて行った。

「さて、どうしましょうか?」

 <我が女神号>の帆は張られているが、風向きと合っていないので船は動かない。そもそも二人だけで動かす事は難しかった。しかし、ゲオルグは静かに岸と船とをつなぐ索具からロープを外していた。ふと、エスメラルダが空を見上げると、小さなつむじ風が起こっているのが見えた。エスメラルダの緑に輝く瞳にはそれがスレイに見えていた。スレイが風を起こしたのか、やがて<我が女神号>は静かに港を離れてベリア湾口へと進み始めた。

 女神を護る伝説の勇者さながらに、ファナギーアの両脇にゲオルグとエスメラルダは立っていた。二人とも儀礼用の白い制服を着ているせいか暗闇の中にその姿は真っ白な帆と共に浮かび上がって見えた。行く手をぐるりとベリア湾が星明かりに照らされ黒々と影となって港を囲んでいるのが判る。その時、白い焔が海上に灯った。それを合図に次々に湾内いっぱいに白い焔が灯り始めた。その美しさにエスメラルダは魅入られた様に周囲を見回している。それは<我が女神号>の航路を妨げない位置を埋め尽くした船が一斉に送り火を灯しているのだった。振り返れば港も人々が手にする白い焔で埋め尽くされていた。民に愛されたファナギーアを誰もが悼んでいるのだった。

「皆が女神の末裔を送っているのですね」

 エスメラルダの瞳が潤んでいる。

「そうだな。だが、今回は二度と戻る事の無い航海だ。付き合わせて悪かったな」

「それは私の台詞です。あの時、私の命は尽きていたはずだったのですが、ここまで永らえる事が出来ました」

「後悔は無いのか?」

「何故ですか?私は女神を、その血筋を護る様にと教えられて来たのです。国を守りそして、その最後につき従えるほどの栄誉はあるでしょうか?あなたにとっては迷惑かもしれませんが」

 エスメラルダはゲオルグのファナギーアへの特別な想いを感じていた。もしかしたら建国の勇者と言うのは、女神への想いから抜け出せないのかもしれない。

 ふっとゲオルグが笑った時、ベリアの砦から空砲が放たれた。その煙は女王の髪と同じ色をしているはずだったが、星明かりでは見極めるのは難しかった。そして<我が女神号>は光で埋め尽くされた湾を抜け、東の水平線へと消えて行った。

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