104
「兄様!」
突然、背後から飛びついてきた人影に、ゲオルグは驚きながらも嬉しそうに振り返った。それは久しぶりに会う弟 ー ソルランデットであった。
「ソル!どうした?少し背が伸びたか?」
振り返ったゲオルグの顔の傷に驚いたソルランデットだったが、自分の子供っぽい仕草に気づいて慌てて直立の姿勢を取る。その様子を見守るゲオルグだったが、ふと思い出したのか少し背を屈めてソルランデットに話しかけた。
「あの砲撃はお前か?よく一人でやったな」
その言葉がよほど嬉しかったのか、ソルランデットの顔がくしゃくしゃにほころんだ。
「はい!ミルチャーも一緒です」
「そうか」
一歩離れたところにいるミルチャーにもゲオルグは笑顔を向けた。ミルチャーは黙って会釈を返す。その様子に安心したのか、ソルランデットは無邪気にゲオルグに問いかけた。
「兄様はいつ邸にお戻りになりますか?」
「……」
言葉に詰まったゲオルグを不思議そうにソルランデットが見上げるが、ゲオルグの表情は変わらない。
「お母様もお父様も、もちろんぼくも兄様のお帰りをずっと待っていたんです」
「そうだな……」
「まさか帰らないとか言うんじゃないだろうな!?奥様はお前のために毎日無事を祈っておいでだぞ」
すがる様にソルランデットが掴んだ手をそっと離すと、ゲオルグは一歩下がった。
「みんなによろしくな。もうお前は一人前だから、しっかりみんなを守って行くんだぞ」
ゲオルグの後ろ姿にソルランデットの両目から大粒の涙が零れだす。後を追おうとしたソルランデットを、ミルチャーが止めた。ミルチャーと目が合い、抑えきれなくなったソルランデットが声を上げて泣き出した。ゲオルグを見送るミルチャーの目も真っ赤だった。
(何がどうなってるんだ?)
ゲオルグの後を追っていたサグレスはソルランデット達との一件を少し離れたところで見ていた。その場を離れてゲオルグを更に追うと、ゲオルグは通路の突き当たりの高い扉の部屋の前にたどり着くところだった。ちょうど中から誰かが出てきて、ゲオルグは鉢合わせする形になった。
「ゲオルグ!」
部屋から出てきた人物はエディラだった。こちらも既にその目は真っ赤だった。そのままゲオルグにしがみ付いて、泣き始める。ゲオルグは好きにさせていた。
「お母様が亡くなったの」
「あぁ」
「私一人でこれからどうすれば良いの?」
「あぁ……」
ゲオルグの様子を不審に思ったのか、エディラは溢れる涙を拭いもせずにゲオルグを見上げた。
「私のそばにいてくれる?」
「……」
「どうして……?ゲオルグはいつもお母様ばっかり」
「おぃ!お前、何でちゃんと返事してやらないんだよ!」
煮え切らないゲオルグの様子にサグレスが割って入る。サグレスに2人とも驚いた様だった。
「できない約束はしないからな」
「え?」
「俺の生は、もう終わっているから」
それだけ言うと、ゲオルグはそっとエディラをサグレスの方に寄せ、自分は部屋に入ると後ろ手に扉を閉めた。隙間から見える室内は暗く、無数の蝋燭の焔が揺らめいていた。